昨日テレビで、ノーベウル賞受賞の本庶教授と大隈教授の新型コロナに関する提言を聞いた時、まだやりようがあるんだと希望が湧いたけど、考えてみれば、やりようがあっても実現させなければ何の意味もない。

ここ連日、新型コロナの感染拡大に伴って、入院や施設料ようができず自宅で待機する人の数も急増していると報じられてる。

 

GOTO祭りに湧いてるころ、政府は何をしていたんだろう。冬に感染拡大があるだろうことは、昨年の春から予想されていたのに。

日本の医療システムの非常時の脆弱性という問題を、国民の多数は知らなくても、政府は知っていたはずなのに。ホントにいったい今まで何してたんだろう。

 

仮定の質問には答えません、ってフレーズを官房長官時代から菅首相はよく使っていたような気がする。

それは、指摘には当たらない、というフレーズと同じように、会見の場をやり過ごすことだけを目的に使う便利な定型句なのかと思っていたけど、そうじゃないのかもしれない。まさに後手後手対応の鑑のような新型コロナウィルス対応をみると、仮定の質問に答えないどころか、仮定の事態を考えるということがないのかもしれない。

仮定のことを想像することができなければ、先手などとれるはずもない。