日弁連が5月11日付で出した「改めて検察庁法の一部改正に反対する会長声明」。

 

モーニングショーでコメンテーターを務める弁護士の菅野さんが、問題点をわかりやすく書いてあるから是非読んで、と言っていたので読んでみた。

 

わかりやすかった。

 

今回の検察庁法改正案では、内閣ないし法務大臣の裁量で、63歳の役職定年の延長、65歳以降の勤務延長を行う、という点が問題だという。政権の裁量で定年を延長できる、ってのが肝らしい。

これにより、内閣が検察官人事に強く介入できることになる、からだ。

 

検察官の定年延長自体は反対じゃないけど、内閣ないし法務大臣の裁量で延長されることで、「不偏不党を貫いた職務遂行が求められる検察の独立性が侵害されることを強く危惧する」のだという。

検察官の政治的中立性が脅かされれば、憲法の基本原理である三権分立を揺るがす恐れさえあるという。

 

そんな重大な問題をはらんだ法案を、このコロナ禍の中、一般の国家公務員法改正と抱き合わせで内閣委員会のみの、たった数時間の議論だけで性急に成立させようなんてとんでもない、ということみたいだ。

 

安倍首相は、恣意的な人事が行われるとの指摘は全く当たらないというけど、やろうと思えばやれるってのが問題なのに、指摘は当たらないって答えになってないような気がする。

 

改正案は、黒川検事長の定年延長を事後的に正当化するものだと、枝野さんは指摘した。

 

1月31日に黒川東京高検検事長の定年延長が閣議決定された際、政府は当初、国家公務員法の定年延長をその根拠だと説明した。

けど実は、日本政府は1981年以来ずっと、国家公務員法の定年延長は検察官には適用されないという見解をとってきたことが国会の審議の中で判明したことから、政府の説明が二転三転した。

 

まず森法相が、1985年の改正国家公務員法施行時に検察官の定年延長が可能になったと明言。そのすぐ後、人事院の局長が、国家公務員法の定年延長は検察官に適用されないという1981年の政府見解は現在まで生きていると認め、その翌日には、安倍首相が、黒川検事長の定年延長の閣議決定に際して国家公務員法の解釈を変えたと明言した。

国家公務員法の解釈は、81年から変わらない、いや85年には変わった、いやいや2020年の閣議決定の時に変えた。いったいどれなんだ?

結局人事院の局長が、まず「81年から変わらない」という発言を取り下げ、「85年から変わった」、と「2020年の閣議決定の時に解釈を変えた」の二つが残り、それは最終的に、85年には制度はあっても適用されないという解釈で、今回、制度がありそれを適用できると解釈した、という答弁になった。

 

コロナの問題が大きくなって、脱法とまで指摘されたこの閣議決定は結局なんだったのか、議論がいつの間にか消えてしまったような気がする。(それはこの問題に限らないような気はするけど)

 

起訴権を独占し、三権の一つ司法の一端を担うという検察官の職務の特殊性から、一般の公務員とはその取り扱いはおのずから別にすべきだという解釈は、国家公務員法施行の当時からのもののようで、ほとんど戦後一貫して変わらずにきたその考え方を、2020年1月末に安倍内閣はころっと変えてしまった。

内閣の裁量で黒川検事長の定年を延長し、大変な批判を浴びた。

今回の検察庁法の一部改正で、脱法とまで批判された「恣意的な定年延長」を、これからは(やる気になれば)合法的にやれるようになる、って理解でいいんだろうか。

 

ここ数年、忖度政治の醜さを嫌という程見てきた気がする。強大な力を持つという検察が、政権に忖度する可能性があるとしたら、それはとても恐ろしい。

 

一旦国会で多数をとりさえすれば、国民がどれだけ反対の声を上げようと、議論を尽くすことさえしないで、押し通してしまう。この政権では、そんなのこれが初めてではないけれど、まさかこのコロナ禍さえ雲隠れに利用しようとする(少なくてもそう見える)とは。選挙で多数を得たものは、より真摯な説明を尽くし議論を尽くす義務があるように思う。

それなしの多数決は暴力的にさえ感じてしまう。