大阪兵庫の往来自粛要請から始まったような気がするこの3連休。開けた月曜朝のニュースで、お花見ムードの東京各地、仙台では聖火に集まる人たちの行列、ライブハウスやK−1の会場の映像を見た。

 

ゴーストタウンと化した西欧の都市の映像を見た後に目に入る群衆で混み合う日本各地の映像は、あまりにシュール。

 

自粛ムードの緩みだというけれど、緩みの気分は一体どこからくるんだろう。

 

専門家会議で初めてお目にかかる専門家の先生に理路整然と要請される自粛では気分が緩む?一国の総理大臣の要請じゃないし。

いまだ粛々と進む東京五輪の準備も、なんとなく大丈夫そうって気分にさせるような気がする。

 

 

お花畑の「自粛」の後に待ってるのは、悲惨な状況なんだろうか。それとも日本の対策は比較的うまくいっているという言説は、決してお花畑ではなく事実だと信じていいものか。

今の日本は実はお花畑で、その後に待っているのが悲惨な状況だということを、想像するのは心底怖い。

 

それにしても沈黙の政府は今どんな準備を進めているんだろう。

ドイツとイタリアの致死率の差が医療溯源の物量差によるところが大きいのだとしたら。日本はどちらに似てるんだろう。

 

 

太平洋戦争とウィルスとの戦いは比較するようなものではないのかもしれないけど。

戦力の逐次投入と現実ではなく希望的観測に基づいた作戦計画、兵站の軽視。

今日ほどしみじみ日本人に戦争はできないと感じたことはないような気がする。