その力、奪えるのは国民

力のあるものは何をやっても許される、のかなあ。

今年は折々にそんなことを感じさせられた1年だったような気がする。

 

パリ協定からの離脱、イランとの核合意からの離脱、TPPからも抜けて、関税引き上げを脅しに使う交渉術。どれもこれも米国内でも世界でも非難が轟々と湧き上がったけれど、結果的にはそんなのどこ吹く風だった。

 

国と国との約束なんて、支持者との約束に比べたら大して意味のあるものじゃないんだと、トランプ大統領には見せつけられたような気がする。

 

対トランプでは圧倒的に力負けしてるけど、対国民では思うがままに振舞っているように見える現政権にも、その力を見せつけられたような気がする。

軟弱地盤で工期も費用も膨らむ事がわかっても止まらない辺野古の埋め立て。県民投票で示された県民の意思を無視できるのは力があるからこそなんだろう、きっと。

 

政権にとって都合の悪い事は、存在しなかったことにできるのも力があるからこそできる事なんだろう。

いつの間にか決着がついたような形になってしまったモリカケ問題を思い出した桜を見る会をめぐる一連の疑惑も、年を越せばやっぱりモリカケと同じようにいつの間にか霧の中へ消えていくのかもしれない。

 

その力の源泉は国民の信頼にあるはずなんだけど。