ハイキュー!! 第324話 祭の終わり 感想

音駒との試合は祭りだったのか。祭りは参加してこそ楽しめるものなのだと、終わった今は心底思う。


何でもかんでも拾ってしまう音駒にはもう慣れた。田中さんの極上ラインショットだって綺麗にあげるのは音駒なら当然なんだろう。
烏野のマッチポイントで続くラリーはセリフなしで続く。東京合宿での練習試合もオーバーラップして研磨に返った綺麗なレシーブに、リエーフと山本が攻撃に飛び出すけど、研磨のトスミスでラリーは途切れた。

祭りの終わりはあっけない。作者はこの試合のこういう決着をどれほど前から決めていたんだろ。
研磨が攻略を試みた日向の速い攻撃が決まったわけでもなく、烏野の十八番のシンクロでも、影山のサービスエースでも、エースのスパイクでも、ブロックでもなく、ただセッターのトスミスで試合が終わった。
物語初期からの因縁の試合のラストにしては、あまりにあっけない幕切れ。当然あえての”あっけなさ”なんだろうけど。

春高予選の青城戦はインハイ予選のリベンジラストだったし、白鳥沢戦のラストはシンクロ攻撃でコンセプトの戦いを制した。稲荷崎戦は本家変人コンビのブロックで双子を封じた。これまではその試合毎のテーマに沿った締めくくりをしてきたように思う(全試合チェックしてるわけじゃないけど)。
因縁の試合であるこの音駒戦もそうなんだろう。だとしたらこのラストは一体どんな意味なんだろう。

音駒の心臓で脳で背骨の研磨がミスをしたことに意味があるのか。敵味方なく全員でつないだボールの汗に意味があるのか。
実況の解説者は、汗で滑るのはよくあることで必ずしもセッターのミスではないというような言い方だけど、実際はどうなんだろう。
素人目には、汗だろうがなんだろうがセッターのミスにしか見えないけど、当の研磨は自分のミスで試合が終わったとは思ってないようだ。

 

この試合は、負けた悔しさも勝った喜びもなし、ってことはないんだろうけど、とりあえずこの瞬間は、両校の選手とも力を出し切ってなんも考えられない状態みたいだ。日向に至っては点数の意識すらなかったようで、影山にボゲ扱いされてるけど、その影山の「終わりだボゲェ」も力無い。


前回も思ったけど、終わってみればこの試合は最初から最後まで研磨のためのための試合だったような気がする。
子供の頃からバレーボールを続けてきて、面白いと感じたのは始めてだったんだろうか。ゲームを楽しんだ後の研磨の表情を見たことはないけど、試合後コートに寝転んで「面白かった!」と言った研磨は、バレーボールの試合を終えた選手というよりゲームを終えてベッドに寝転んで満足してる子供みたいだ。

 

音駒の他の選手たちは、後になって悔しさが湧いてくるんだろうと思うけど、研磨に限ってはこの瞬間も時間が経ってからも、悔しさとは無縁でいるような気がする。(それとも自分でも思わぬ涙を流すことがあるだろうか?)
研磨はこの瞬間、黒尾のおかげでバレーボールを知り、その面白さを感じることができて満足してるのかもしれない。けど、もしこの先も悔しさを感じないとすれば、研磨はバレーボールの(に限らないけど)より深い面白さはたぶん知らないままなんだろうなあと思う。


「負けたところで勝ったところで 誰も死なないし 生き返らないし 悪は栄えないし 世界は滅びない 壮大な世界を駆け巡るでもなく、、、」
そう言って黒尾に「ありがとう」という研磨。
研磨は戦場にでも行っていたのか?
バレーボルの試合で負けたってもちろん現実世界で誰か死ぬわけじゃない。同じようにゲームの世界で何人敵を殺そうと現実世界で誰かが死ぬわけじゃない。
ここで研磨が言う「壮大な世界」は画面の中の仮想の世界。
研磨は何を言ってるんだろう。仮想の世界と現実の試合をなんで並べて語ることができるのか。
全然わからない。

なんだかなあ。いろんな意味で力が抜けた。