歌舞伎の記事をきっかけに、久々「ナルト」を読んで思ったこと(1)

4日(土)は、新作歌舞伎『NARUTOーナルトー」の初日。ウェブサイトのみどころを読むと、全72巻の物語を3時間の舞台にまとめたものになっているみたいで、ちょっと想像がつかないけれど、NARUTO世界と歌舞伎って相性が良さそうな気もする。

サスケを演じる中村隼人さんがサスケについて「大人に振り回されて考えが二転三転するサスケは演じるのが難しい役」だと語ったと新聞の芸能欄に記事が載っていた。

穢土転生させられたイタチとの共闘、和解(という言葉がこの二人の関係の決着にふさわしいかどうか少し迷うけど)後は、長い夢から覚めたような変わりぶりを見せてくれたけれど、そこまでのサスケは、確かに、考えも行動も二転三転したキャラだったと思う。
イタチが言ったように、それまでのサスケは”純粋な子供”だった。で、子供であることを自分で認めることができないほど子供だった。

そのサスケも今や一児の父親だ。
岸本先生作の外伝では、別れ際に寂しそうな表情を見せるサラダをそっと抱きしめる仕草がとても自然だった。
久しぶりの親子の再会場面は、サスケが娘を敵の一味と間違えて刀で脅すという最悪な形だったけど、共に戦う中で、親としてのサスケのぎこちなさもとれていったように思う。

外伝では、里で普通の日々を過ごすサスケの様子はほんの一コマの食事のシーンしか描かれていなかったけれど(日々という複数形ですらないのかもしれない)、再び家族の繋がりを持つことができたということを表すとても重い意味のあるシーンだったと思う。