核の傘は幻想なんだろうか

今年の平和賞は、核兵器禁止条約の採択に尽力したNGO核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)が受賞した。10日(日)オスロで行われたノーベル平和賞の授賞式で、カナダ在住のサーロー節子さんが授賞式で演説した。

東京新聞の朝刊に、サーロー節子さんの演説の全文が掲載されていた。13歳で被爆した節子さんは、倒壊した建物から必死で這い出し、その後建物は火に包まれ節子さんの旧友のほとんどは生きたまま焼かれたという。
【小さな体は溶けて、肉の塊に変わ】ってしまった4歳の甥が、節子さんにとって今この瞬間核兵器の脅威にさらされている世界中の罪のない子供たちを代表するのだという。
米朝の緊張が高まっている今、節子さんの体験を語る言葉、一言一言がリアルに迫ってくる。


演説の中に、【核武装した国々の当局者と、いわゆる「核の傘」の下にいる共犯者たち】という言葉があった。ICAN事務局長も【核兵器の傘の下に守られていると信じている国々】という表現をしていた。
日本は核の傘で守られていると信じている共犯者たちの一員だけど、今まで核の傘の下にいるということすら考えたことがなかった。けど、北朝鮮の米国まで到達可能な核ミサイル保有が近づいてくる中、今更だけど考えなければいけないんだと思う。
北朝鮮がそれを保有したら、日本は本当に核の傘に守られるんだろうか。

北朝鮮には従来の核抑止論は効かないという見方も米政権内にはあるみたいだけど、核抑止論は効かないけど、核の傘は有効ってことはありうるんだろうか。