ハイキュー!! 第279話 愛 感想

侑と治の回だったのに、個人的にはラスト1コマの影山くんに全部持ってかれてしまった。

「ー俺も」「ここに来れてよかった」

影山くんのこんな言葉を読めたのはうれしい。こんな風に言えるのは、影山が自分のバレーに限界を設けてないからなんだろう。

研磨の解説にあるようなことなら、技術的にも身体能力的にも影山にできないとは思えない(多分)。稲荷崎とやっていて、高いレベルの様々なプレイに触発されて、ブロックもサーブもどんどん調子を上げてる影山だけど、素人には一見地味でなんてことのない、けど実は「セッターの鑑」で「これこそ宮侑」と言える「素晴らしいセットアップ」には、技術的なことよりもセッターとしての姿勢を触発されたような気がする。

上には上がいるっていう感覚ともちょっと違うような気もするけど、影山や日向にとっては上には上がたくさんいればいるほど、うれしくてワクワクしてしまうんだろうなあと思う。

影山は、越えるべき壁があったとして(宮侑がそうなのかどうかはわからないけど)それがどんなに高い影でも、超えられないとは思いもしないんだろう。越えるたびに、自分が強くなっていくという予感しかないのかもしれない。
基本バレーに関してはまっすぐで貪欲な影山が、強い相手との戦いにワクワクしている描写は今までもあったけれど、こんな風に素直に感銘を受けてるような描写はなかった(と思う)。全国でもトップクラスの高いレベルでのプレーに触れれば触れるだけ、吸収していってるんだろうなあ。

 

侑と治は一卵性双生児で、体格や身体的な能力、頭の出来も多分変わらない。バレーボール選手として、持ってるものは同じだし、環境も同じ、同じだけ頑張ってきて、実力も多分大差はないんだろう。それでも片方はユースに選ばれ、もう一方は選ばれなかった。
一握りのトップに駆け上がる人間と、その手前であと一歩が届かない人の差はどこにあるのか。
治はそれを、愛の差だと言い、及川さんは、バカなとこ、と言った。(治も「ちょっと頭オカシイやつ」と言ってたけど。治も及川さんも、いろんなことがちょっと見えすぎちゃうのかもしれない。)
治の言うとおりなのかもしれないし、他にも何かあるのかもしれない。なんなんだろう。よくわからない。ただそれは、トップに上がった人間には決して理解できず、あと一歩届かなかった人間だけがわかるものだという気はする。

侑(多分侑だ)が一人で反復練習する様子が何コマかあったけど、ひたすら地味な反復練習を一人で飽きもせず(多分)やっていた。伊達工との練習試合で、黄金川が影山に対して、どれほど練習をしたんだろうと感動するシーンがあったけど、それはこんな感じの練習の積み重ねを思ってのことだったのかもしれない。侑も影山もほっとけば止められるまでいつまでもやり続けるんだろうけど、それをまったく苦と感じることはないんだろうと思う。

中学時代の侑は、自分に絶対の自信を持つ王様だった頃の影山を思わせるような言動だけど、二人は似てるようでいて、全く別物ではないかと思う。影山が自分を高める為にひたすら内へ内へと向かっていったのに対して、侑は常にスパイカーに目を向けていた。「スパイカーに対して誰より真摯で献身的」な侑のセッターとしての原点は「打たしたる」だし、何よりセッターとしては当然のことなんだろうけど。そう考えると、中学時代の影山がセッターとしていかに空回りしていたか、改めてわかる気がする。影山にとっての「打たしたる」は、なんだろう。いつか、描かれることはあるんだろうか。
二人とも、他人、仲間に嫌われることを恐れないけど、侑には常にフォロー役の治がいたし、嫌われること自体に意識的だったような感じがする。対して影山は、 才能が先走るあまり、嫌われることに無意識で理解者もいなかった。
影山にとっての治は、日向なんだろうなあ。多分。