終わってみれば小池劇場でした、ってなったら、過去の失敗の反省なしってことなんだと思う

安倍首相が衆院を解散するという話が先週報道された時、まず「なんで今?」とびっくりし、「自己都合で解散するなよ」と次に思った。
報道を見ても、総理大臣の伝家の宝刀、専権事項と言われる解散権が、実は総理大臣ではなく内閣(解散反対の閣僚がいたとしても、罷免して兼職して仕舞えばいいわけだから事実上は総理大臣にの権限だともいえるみたいだけど)にあるのだということ、本来解散は内閣不信任決議が可決された時の対抗手段としてあるもので、国民の代表である国会議員の首を切るのだから余程の理由がなければならない(それがつまり大義らしい)、という意見が結構出ていたと思う。
総理の専権事項として好き勝手に解散できる国の方が、世界の中でも少数派だとも聞いた。
今解散はおかしいだろう、という多分結構多くの人が思ってるだろう疑問をそのまま押し続けて、安倍政権のあり方そのものを争点にしてほしいなあ、と思ってた。

今なら勝てると安倍首相が踏んだ通り(多分踏んでたんだろう)与党が勝つのは確かだろうけど、しのごの言わず野党共闘で戦えば今のすっごい一強多弱状態が、単なる一強多弱状態くらいになるかもしれないし、そうすれば数の横暴を少しは止めることができるかもしれないと思ってた。


それが今や小池劇場だ。
安保関連法や憲法改正賛成が公認の条件だといい、全員を受け入れる気はさらさらない、とおっしゃる。
原発ゼロには惹かれるけれど、本気でやる気があるんだろうか。


劇場にしてはいけないと言いながら、マスコミは小池都知事の一挙手一投足を追いかけてるように見える。
先日の記者会見で、リベラルを全て切るというのでは寛容な保守ではないのでは?という質問に対し(一言一句は覚えてないけど、結構詰問調の厳しい質問だったと思う)、この場の記者の方たちに様々な考えの人がいることがよくわかる質問でした、以上(これも発言通りは覚えてない、意味はこんな感じ)と、小池都知事は答えていた。答えになってない。


度胸がある、メディアの使い方が巧みだ、政局勘が鋭いというのは、政治家として重要な才能なんだとは思うけど。
なんで今解散?っていう素朴な違和感を置き去りにした、劇場化一直線ってのはほんと勘弁してほしいと思いますす。