BORUTO ーボルトーNARUTO NEXT GENERATIONS 第21話 「サスケとサラダ」 感想(4)

21話では、原作にはなかったセリフが幾つも追加されていたけど、シズネとの会話の中のサクラのセリフは、結構違和感だらけだった。この台詞もそうだ。

「サスケくんとの距離が縮まればあの子まで争いに巻き込まれる気がして」「だって写輪眼は悲しみも引き寄せちゃうから」


これは、鷹の写真がサラダに見つかってしまったことを知ったサクラに、シズネが「父親のことが気になる年頃」と言った後にサクラから出た言葉だ。
そのまま聞けば、「サスケ、争い、巻き込まれる、あの子、写輪眼、悲しみ」と、サスケのイメージからいかにもありそうな単語が並べられているから、そういう意味ではわかったような気になるセリフ、、なんだけど。

サクラが言う「争い」ってなんのことなんだろう。「あの子まで」と言っているから、サスケが関わっている「争い」ということになるんだとは思うけど。

サスケは、カグヤをも脅かす存在を調査する旅に出ている。時空も超えるような、危険に満ちている旅なんだろうし、ちょこちょこ戦いもしながらの旅なんだろう。サクラのいう争いとは、そういった類の、サスケの危険な任務から派生するトラブルに関わることを指しているんだろうか。

ダンゾウのような存在が里の内外にあるなら、写輪眼を開眼した子供は常に危険にさらされてると言っても過言ではないと思うけど。すでに写輪眼を開眼してるなら、サスケとの距離に関わらずサラダは常に一定の危険にさらされてるということになるはずだ。里に関して言えば、火影がナルトだし、今のとこ平和を謳歌してるような里の描写だし、あまりその種のトラブルは想像できないけど。

うちは一族は、戦闘に優れた能力を発揮する写輪眼の一族で、一族内での争いもままあったという描写があった。今もうちは一族が存在するなら、一族の争いというのが一番ありそうだけど、もう一族はない。

それとも特定の何かを指すのではなく、争いと戦いにくれた10代のサスケから漠然と浮かべたイメージなんだろうか。

サラダが巻き込まれる争いってなんなんだろう。

 

”争い”はともかくとしても、何よりも違和感を感じたのが、「サスケくんとの距離が縮まれば」という言葉だ。

サスケは7班での最初の自己紹介の時に、夢ではなく野望だけどとことわって、復讐と一族の復興をあげた。一族を誇らしく思う気持ちだけでいっぱいの幼い頃にその一族を失ったサスケ。
一族への想いはそのままに成長して後、里の興りからの一族について、その闇の部分も知ったけれど、たぶん一族に対する幼い頃に抱いていた想いの部分は変わらないまま、良いも悪いも何もかも飲み込んだ上に、今のサスケには一族に対する深い思いがあると思う。

特に、まだまだ親の愛情にくるまっていたい年頃に突然失ってしまった家族のことを思うと、サスケの”家族”というものに対する思いは、言葉で表現されることはほとんど無かったと思うけど、普通に親の愛情の中で成長してきたサクラたちとは、違ったこだわりと思いはあるんだと思う。(と自分は解釈してたんだけど)

 

そんなサスケにとってサラダは、たとえ恨まれることになったとしても守りたい大切な子供(たいていの親はそういうものなんだろうけど)で、自分を除けば唯一のうちはだ。だからと言って、うちはであることをことさらサラダに意識させるようなことをサスケは決してしないと思うけど。それでも、サラダにうちはの血が流れていることが確認できれば、嬉しいんだと思う。
この世界がようやく掴んだ平和な状態を守るために、サスケは、里を離れて一人で任務をこなしているわけだけど、サスケにとってはそれはそのままサラダを守ることでもあるんだと思う。物理的に離れていてもサスケにとってサラダとの距離感は、決して遠いところにいる娘、というようなものではなく、意識の底に常に浮かんでる存在ではないかと思う。(サクラは、サスケにとって守るべき存在というより、共にサラダを守るパートナーという感じがする。戦いの場では、すっと守ってあげるんだろうけど)

サクラのいう”サスケとの距離”が、物理的な距離なのか、サラダがサスケのことをほとんど知らないという精神的な距離なのか、写輪眼開眼といううちはとしての距離なのか、よくわからない。
ただ何れにしても、距離が縮まることを否定的に捉えているかのように思えるこの言葉には強い違和感を感じる。
母親としてのサクラの、サラダを守らなければならないという気持ちが強く出た言葉なのかもしれないし、まだ物語の途中だから、最後まで見ればこの言葉もそんなに否定的に受け止めることもなかったということになるのかもしれないけど。

たぶん家族というものに強い思いを持っているだろうサスケのことを思ったら、こんな表現をサクラがするとは思えないなあ、という違和感をやっぱり感じてしまう。