BORUTO ーボルトーNARUTO NEXT GENERATIONS 第21話 「サスケとサラダ」 感想(2)

原作(NARUTOーナルトー外伝〜7代目火影と緋色の花つ月〜)の、第5話と6話をほぼそのままアニメ化した内容だったと思うけど、幾つかのシーンでセリフが付け加えられたり、設定が変えられたりしていたのが気になってしまった。

サスケが長い旅に出ている理由が、回想で明かされるシーン。サスケのセリフ自体は、原作の中からダイジェストで抜き出したようなものだったけど、シーンの設定とナルトのセリフがだいぶ原作とは異なる。
アニメでは、ここはナルトとサスケが二人きりで話すシーンになっていたけど、原作は五影(ほかにも幹部の何人か)が揃った場面になってる。サクラも同席。
原作ではこのシーン、サスケは、カグヤをも脅かす存在の出現の可能性を五影に報告、自身が調査に当たることを、上層部のみが知る極秘任務として五影全員の了承を得る、という内容だった。
アニメでも、カグヤをも脅かす存在の調査のためにサスケがひとりで任務に当たること、それを極秘任務とするなど核の部分の内容は(当然だけど)原作と変わらない。

違うのは、原作では、極秘任務に出るサスケの家族のこと、つまりプライベートな部分は全く触れられていないのに、アニメでは、残される家族のことにナルトが触れるセリフが新規に付け加えられていること。
余計な不安をサラダに抱えさせたくない、というサスケの思いがアニメではそのものずばりのセリフで表現されていたのは分かりやすくてよかったと思う。
サスケのいう不安は、カグヤをも脅かすような正体のわからない敵の存在という漠然とした未来への不安と、危険な任務をする父親の身に対する不安の両方を意味してるんだろうと思うけど、サクラにとっても(もし知ることになれば)サラダにとっても、何よりも不安で心配なのはサスケの事なんだろうな。

 

知らせないことでサラダから恨まれることになるかも、というナルトに対してサスケは、「それでも未来は明るいほうがいい。違うか?」という。これは原作と同じ言葉なんだけど、アニメの方では、サスケの言う”未来”は”サラダの未来”に限定されてるような印象を受ける。会話の流れ的に不自然な感じは受けないし、サラダの未来について語るサスケもいいし、単純でわかりやすいんだけど。
原作の同じ言葉「未来は明るいほうがいい。、、、違うか?」は、”あの”サスケが五影たちの前で言ったからこその、言外に様々なことを想像させる単純だけど深い意味のあることばだった、と思う。


原作で、五影たちと全く対等な様子で話すサスケと、それを自然に受け入れてるように見える五影を見て、中々感慨深いやりとりだなあと思っていたから、アニメでその設定が変えられてしまったのは結構残念だった。ただ、部屋の様子と時間帯(窓の外が暗いから、多分夜になってると思う)を考えると、原作の五影たちとの会談が終了して、二人残ったナルトとサスケの会話、という感じもする。(その場合、サスケのセリフが原作とあまり変わらないから、原作の場面の続きとしてみるにはちょっと無理があることはあるんだけど。)五影たちとの会談の場面はなかったものにして欲しくないから、できれば、アニメのこのシーンは、あの会談の後の出来事であってほしいなあと思う。

サスケのセリフに一言、「会談でも言ったが」とでも付け加えてくれれば、会談の存在が暗示されるんだけど。

もう一つ、このシーンで原作との大きな違いは、サスケの「償いの旅でもある」というセリフ。
原作の五影たちとサスケの間には、サスケの過去についてのわだかまりのようなものは感じられなかったけど、アニメでは、サスケにこう言わせてる。ナルトは「もう誰もお前のことを恨んでる奴なんかいねえ」と言ったけど、こう言われることで逆にこの世界でのサスケの評価が想像できるような気がする。
何れにしても、里や世界での評価がどうであれ、サスケの”償い”の旅はサスケ自身が納得のいくまで続けられるんだろうなあ、と思う。実際の”旅”という形をとらなくなったとしても続く気がする。