「ナルト」のサスケと「訪問者」のオスカー(3)

穢土転生された3代目は、イタチについて「一族という縛りにとらわれることなく 忍の先、、、里の先について考えることができ、、、いつもそれらの将来を危惧していた」「7歳にしてまるで火影のような考えを持つ少年」と評した。まるで火影、と言われた通り、イタチはいつも思慮深く、決して相手に押し付けるような強い言葉を使うわけではないけれど、強い意志が感じられる言葉を発してきたと思う。

カブトとの戦いの中で、イタチは繰り返し、自分の失敗を語った。

「己を許し本当の自分を認めるもの、、、」「それこそが本当の強者だ!!」「まずは、、、ありのままの自分を自分自身が認めてやる事だった」「そうしさえすれば誰にも嘘をつくことはなかった お前にも オレ自身にも」

サスケとともにカブトと戦うイタチは、なんだかまるで先生のような感じがする。自分の失敗について語る時も、ただ悔やんでる自分の感情を表に出すといういうよりも、カブトとサスケを導こうとするかのような言葉遣いだ。
でも考えてみれば、イタチの言葉はいつもこんな感じかもしれない。教師というより導師という方が似つかわしいような気がする。


そんなイタチが、サスケと遭遇して、「なぜオレが、、、!!父や母と何が違う!?なぜオレばかりが、、、」と問い詰められた時に返した言葉には、強い意志も、兄として弟を導こうというような様子もなかったように思う。この時のイタチはなんだか少し弱気にさえ思えた。

「そしてお前のためだけではない、、、」「オレはうちはであるお前の手でいつか裁かれたかったのだと思う」

「いつか裁かれたかったのだと思う」という言い方は、現在から当時を見てその時の自分を分析しているような表現だ。サスケに復讐心を植え付けた時、イタチはサスケの手で殺されることをゴールにしていたのははっきりしてる。
けれど、この時イタチがサスケの手で「裁かれたい」とはっきり意識してたどうかはよくわからない。


ただ、その時のイタチの思いがどうであれ、サスケはこの時から「裁く人」としての荷を負わされたのだと思う。
「裁く」ことと復讐と、どこがどう違うのか考えても中々答えが出ないんだけど。