北朝鮮の核ミサイルの再評価の記事を読んで

北朝鮮が核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイルを、2018年にも実戦配備できるとの分析を米国防情報局がまとめたと、ワシントンポスト紙電子版が25日報じたという記事が、東京新聞朝刊に載っていた。
これまでの予想の2020年から2年も短縮されたそうだ。
今月4日のICBMの発射実験は、専門家、分析官にとっては予想外で、評価の見直しのきっかけになったらしい。

報道によると、20日に、CIAが金正恩氏の排除を目指す可能性を示唆、それに反発した北朝鮮が25日、「核を中枢とするわれわれの革命武力の第一使命は、首領の決死擁護にある」と述べたという。


ペンタゴンは、ミサイル発射台の破壊まで含めたあらゆる場合を想定してるとあったけど、実際に北朝鮮を攻撃するとしたら部分的攻撃では済まず、必ず(多分)全面戦争になるらしいから、それはありそうもないんだとは思うけど。ネットを見て回ると、いろんな意見があるのもわかる。

 

とりあえずこれまでの報道を見ていて、従前言われている通り、北朝鮮が見つめているのは、アメリカだけなんだということはわかった。でもアメリカ本土に届く核ミサイルが、あと1年で実現するかもしれないという記事を読んだって、専門家でもないし、このことがアメリカの今後の判断にどう影響するのかなんてわかるわけもないし、想像することすらできない。


ただ関連の記事の、「北朝鮮は過小評価してたけどフセインは過大評価してた」とフセイン大統領のイラクに言及した部分を読んだ時、怖いなと思った。
アメリカはあの時、世界中(でもないかも)の反対を押し切ってイラクを攻撃した。だからと言って今回北朝鮮を同じように攻撃するかもと反射的に思ったというわけではないんだけど。
アメリカにとっては、「攻撃」という言葉は、単なる紙の上の単語ではなく、現実的にとるかもしれない選択肢の一つなんだと、今更ながらに再認識させられたような気がして、怖くなったんだと思う。
同時に、自分の中では「攻撃」という言葉はいまだに単なる紙の上の単語に過ぎないと気付いた。

世界には、国際社会がどう非難しようが、自分の望むことを押し通す人たちが存在するという当たり前のことを、自分は多分、他人事のように意識してるんだなあ、と思う。