「いまさら言えない」ってのもよくわからないし、会議自体なかったってのも結構ミステリー

稲田防衛大臣が、またもや注目されている。南スーダンPKO部隊の日報問題だ。去年の7月、南スーダンのジュバで政府軍と反政府派の間で、大規模な戦闘が起きた。10月の国会で、その戦闘について、戦闘か衝突かの不毛な(聞いてる方にとっては不毛としか思えなかった。法律的には意味のある議論だったんだろうか?)議論があって、11月には、自衛隊PKO部隊に駆けつけ警護という新たな任務を付与する閣議決定がされた。

12月の初めに、7月のジュバでの戦闘前後の自衛隊の部隊の日報が廃棄済みのため不開示との防衛省の決定があり、その約2週間後に、稲田大臣が日報の再探索を指示、さらに10日後の12月26日、統合幕僚監部に電子データとして保存されてることが確認された。

ただ実際にその日報が開示されたのは、年が明けた2月7日のことで、それも半分くらい黒塗りだった。それでも、「激しい銃撃戦」「TK射撃含む激しい銃撃」(TK射撃は戦車による砲撃を意味するそうだ)など、激しい戦闘が起きていたんだろうと思える表現が並んでた。

 

今回、稲田大臣が隠蔽に関与してたのかどうか問題になってるのは、陸上自衛隊に残っていた日報のデータに関する一連の流れみたいだ。
報道によると、すでに廃棄した、と12月初めに防衛省が言ったデータが、実はまだ陸自内に保管されていたことが確認されたのが1月の半ば。その10日後、「今更陸自にあったとは言えない」と、統合幕僚監部の背広組の防衛官僚から陸自に伝達があり、2月にデータは消去された。3月になって、この一連の流れが報道され、3月16日の衆院安全保障委員会で稲田防衛相は「日報の破棄を指示するようなことは断じてない」と述べたという。

廃棄したと発表したデータが、実は存在したことがわかったんだけど、今更あったとは言えないから、本当に廃棄してしまおう。という流れで稲田大臣はその流れには関与してない、ということになってたみたいなんだけど、今回の報道によると、大臣はその流れを知っていたのではないか、ということらしい。

2月13日に陸自から稲田大臣に、陸自にデータが保管されてた件が報告され、15日には防衛省幹部の緊急会議で、陸自にデータが保管されていた件については非公表とするとの方針が示され、稲田大臣も了承したという。

今日の防衛省の記者会見で、稲田大臣は、非公表、隠蔽については指示も了承もしてないと否定。2月15日の緊急会議自体開いてないと述べたという。

一体、どうなってるんだろう。
どっちにしろ2月7日に日報を公開したのに、なんで陸自にも残ってましたと発表できなかったのかも、よくわからない。いまさら言えない、ってなんだろう。陸自は公表を検討してたというけど。
近く発表されるという特別防衛監察で、どれほどすっきり経緯がわかるんだろう。