THE LAST-NARUTO THE MOVIE-  感想(3)

評価が真っ二つに分かれる、アニメ映画「THE LAST-NARUTO THE MOVIE-」。

前にも書いたけど、視聴後残ったのは違和感と戸惑い。原作がある映画だから、どうしても原作の印象を重ねながら見てしまう。そこで生まれる原作との落差に感じる違和感。
映画はシーンの積み重ねでできているものなんだと思う。
この映画で残った違和感は、シーンごとに(全てのシーンというわけではないんだけど)引っかかった些細な違和感が積み重なった結果のような気がする。

例えば、ナルトの世界の任務服というよりハニートラップの任務をおってるボンドガールの任務服といった方がいいような気がするヒナタの任務服。
地球最後の日に一緒にいたい人の名前を書けという唐突なイルカ先生の授業シーン。雷影の出してきたチャクラ砲というなんだかすごい兵器。(こんなのあったんなら戦争の時に出してくればよかったのに)
ヒナタに振られたと思い込んで任務そっちのけで落ち込むナルト、それを批判したシカマルに掴みかかるナルト。
批判的なレビューでも、これらのシーンは結構指摘されていた。


中でも戸惑いを感じたのが、映画の終盤、地球の破壊は防がれ二人の恋も成就したハッピーエンドに向かって、二人が手をつないで走っていくシーン。走りながら二人はどんどん時をさかのぼり、姿が幼くなっていく。確かにヒナタは幼い頃からナルト一筋に思い続けてきた。原作でもそうだし、映画でも同じように描かれている。
でも、ナルトにとってはそうではない。ナルトの恋の始まりがいつかというだけじゃない。
イルカ先生以前のナルトは、孤独な幼い子供だった。「孤独。親にしかられて悲しいなんてレベルじゃねーぞ」とサスケの言った孤独。そのサスケよりも幼い頃から孤独の中にいたナルト。それがナルトのアイデンティティにもなってると思う。原作ラストのサスケとの戦いの中でも、孤独に向かっていくサスケを「ほっとけるわけねーだろ!!」と言ってふたり激突した。
孤独の中にいても、後に、一生バカのままだとしても自分の忍道は絶対曲げないと言い切るほどにまっすぐ育ったのが、「ナルト」の物語のナルトだ。そして子供時代のナルトの孤独を解いていったのは、イルカ先生であり第7班の、カカシ、サクラ、サスケだったんだと思う。
幼い頃に向かって走っていく二人の姿は、そんなナルトの孤独も、第7班の存在も全て上書きして消してしまうようで、違和感というより「NARUTOーナルト」の物語を否定されたような気がしてしまった。

ただ原作とは全く別の物語だと思えば、この映画の始まりは、いじめられてるヒナタをナルトが助ける幼い頃のシーンだから、映画のラストで映画の始まり、恋の始まりに向かって走っていくふたりという形は、きれいな終わり方で、素敵なシーンだったのかもしれない。