”忖度”を学べなかった気がする

”忖度”は今年の流行語大賞になるかもしれませんね、と今朝テレビで誰かが言ってたのを聞いた子供に、忖度って何?と聞かれた。
忖度なんて官僚の世界では当然のことで何も批判されるようなことではない、というようなコメントを聞くけど、官僚の世界でなくても、世の中が円滑に動くために忖度は必要な潤滑剤みたいなもののような気もする。

とはいうものの、自分を振り返ると”忖度”の経験はないかもしれない。仕事にしろその他の付き合いにしろ、相手の望んでいるだろうことを推し量ることはするけれど、最近はやりの”忖度”は、単に推し量るってだけじゃないような感じがして、そう思うとやっぱり自分には”忖度”の経験はないような気がする。
新人に毛が生えた程度で会社勤めを辞めてしまったから、”忖度”を学ぶ時間がなかったんだと思う。さらに高度な(多分)面従腹背は言うに及ばずだなあ。
その頃を思い起こせば、トントン出世してた上司は、”忖度”の名人だったかもしれない。で、同期と散々その上司の悪口を言い合った覚えもあるんだけど、それはその上司がやってる”忖度”についてのことが多かった気がする。
もう少し会社勤めをしていたら、”忖度”の作法を身につけることができたかも。