オルタナティブ・ファクトと「レッテル貼り」ってちょっと似てる気がする

先日国会の審議を見ているときに、安倍首相が質問者に対して繰り返し使った「レッテル貼り」という言葉が気になってしまった。森友学園問題についての質疑の最中、民進党の議員の質問を「レッテル貼り」だと指摘してたように思う。質問の内容ははっきりとは覚えてないけど、特に安倍首相はこうだとか安倍首相夫人はこうだというように決め付けた内容ではなかったと思う。ふんふんそうですかって感じに聞き流すことができる程度だったことは覚えてる。だから、それに対して総理大臣が「レッテル貼りだ」としたことに違和感を覚えたのかもしれない。
「レッテル貼り」という単語を国会中継で聞くのはこれが初めてではなく、安倍首相は比較的この言葉をよく使う印象がある。

トランプ大統領の就任式の観客数をめぐって、どう見ても史上最多ではない観客数を、ホワイトハウスの報道官が史上最多と表現したことを、後にウソではなくオルタナティブ・ファクトといいかえたことから、オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)という言葉が一気に広まったような覚えがある。あまりにも明らさまな言い換えに、そんな言い換えをする意味があるんだろうかと思うけど、トランプ大統領に関連した報道を見ていると、その後もオルタナティブ・ファクトの世界が拡大してるような気がする。

どんなフィルターを通して見るかで、一つの事実に行く通りもの見方ができるのは確かだけど、オルタナティブ・ファクトは、そんな次元の話ではない。定期的にファクトチェックの記事は新聞に載るけど、トランプ大統領を支持する40パーセント近くの人たちには、ファクトだろうとオルタナティブだろうと多分影響はないのだと思う。

安倍総理大臣が、国会で質問者の質問に「レッテル貼り」だと言った時、本当にそう思ったのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それはわからないけど、多分、実際の発言の内容がレッテル貼りをするような内容であるかないかは、問題じゃないんだと思う。重要なのは「レッテル貼り」という言葉を繰り返すことで、元の発言の中身を「レッテル貼り」という一言で塗りつぶすことだ。
実際にはレッテルを貼るような発言ではないことでも、その言葉を使い続けることで、レッテル貼りという言葉だけが、聞いた人全員ではなくても、そのうち幾らかの人の耳に残れば、それで十分なのかもしれない。