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NARUTOーナルトー感想  サスケの償いの旅(1)

少年ジャンプで月一連載している、「ボルト」(ナルトたちの子供の世代のお話)では、サスケはボルトの師匠として登場する。
サクラとの間にサラダという子供を授かり、父となったサスケの存在を前提に、改めて1巻から読み返すと最初に物語の展開の面白さに惹かれて一気に72巻を読んだ時とは、また違った視点から読むことができて面白い。
どうしてもサスケの視点から読んでしまうのだけど。

「ナルト」本編のラスト近くで、サスケは一人罪を償う旅に出る。どれほどの期間の旅になるのかわからないけど、外から刑罰を課されるわけではなく、ただひたすらに独りで、自分の犯した罪と向き合う。つらい旅になるんだと思う。

真面目という形容詞はサスケには似合わないかもしれないけど、基本的に真面目な人なんだろうなあ。


サスケは、木ノ葉に対し複雑な思いを今も抱えていると思う。
一族を殺した里。
物事は単純に一面しかないわけではないということは、ある程度の歳になれば誰しもわかることだし、サスケの同期たちも、木ノ葉の里のいい面も悪い面もわかっていたと思う。

 

ただ、サスケの場合は、その暗い面、の中でも相当ランクの高い暗い面に放り込まれたような子供時代だったから、木ノ葉には愛憎半ばする感じの思いがありそうな気がする。もしそうだとしても、それはもうギラギラした感情ではないとは思うけど。

 

サスケは一族を木ノ葉の平和の代償に皆殺しにされた。(一族がクーデターを企てたからという理由があるにせよ、皆殺し以外に道はなかったのかという疑いがどうしても残ってしまう。)
そのことで木ノ葉を、旅に出た時点で恨んでいたかといえば、それは多分ないと思う。愛情が裏返って憎しみに変わってしまったサスケだけど、イタチの言葉で、愛されていたこと・自分も誰かを(父母と兄が主だけど)愛していたことを思い出したはずだし、サスケの周りが愛情であふれていたのも、木ノ葉の里でのことだった。

 

贖罪の旅に出た時のサスケにあったのは、ある種の諦念のようなものだったような気がする。 
誰かの犠牲のうちに築かれる、その他の世界にとっての平和ではなく、誰の犠牲もない平和な世界を目指してサスケも、ナルトも己のなすべきことを唯ひたすらにやり遂げようという道を選んだ。けど、サスケはそれを望みつつ、それは永遠にかなうことのない夢だということを、たぶん根っこでは感じてるんじゃないかという気がする。わずか7歳で一族皆殺しにされたサスケにとっては、それは理屈じゃない。でも、そう感じていてもなお、そのために努力することをやめない。サスケの最後のモノローグにもあるように。