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9条とノーベル平和賞の記事を読んで

先日、東京新聞に、ノーベル平和賞の受賞資格をめぐって、「9条を保持する日本国民」は、「受賞の基準外」という記事が載っていた。「憲法9条ノーベル平和賞を」という運動があるのは知ってるけど、「9条を保持する日本国民」がその対象として推薦されてるとは知らなかった。もっとも、受賞対象は三人以下の個人や組織・団体と定められていて自薦は認められないそうで、「日本国民」は三人以上だし組織でもない。日本の国会議員や教授の推薦は自薦にあたるからその点でも基準外になるという記事だった。平和賞を「日本国民」に、と言っても、日本国民がそれに値するからというわけではなく、人々に9条を自分のこととして考えてもらいたいという理由らしい。
9条を自分のこととして考えるきっかけ、と言われれば、それはそれでいいのかもしれないとも思うけど、やっぱり「9条を保持する日本国民」には、何か皮肉めいたものすら感じてしまう。

 

南スーダンに派遣されてる自衛隊が5月に撤退するという報道があった。
南スーダンの状況は、国連がジェノサイドを警戒してるような緊張状態が続いてるみたいだし、政府は5年も経って任務がひと段落したからだというけど、そんな理由をどれほどの人が信じてるんだろう。
自衛隊員の危険について第一に考えるべきなのは当然なんだと思うけど、ジェノサイドの危機にある状況を、自分は、自衛隊の撤退という側面からしか見てないかもしれない。
撤退してそのあとはどうするんだろう。

 

ちょっと文章がまとまってないんだけど(今回に限ったことではないけど)、9条を声高に素晴らしいのだということは、やっぱり後ろめたい。

去年の12月に政権側が完全掌握したシリアのアレッポの最後の半年の惨状を、アレッポ市民が撮った映像を中心に特集したNHKの番組を見た時も感じた、後ろめたさみたいな感覚。