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プーチン大統領の遅刻

15日木曜日夕方、プーチン大統領が来日した。テレビ各局の夕方のニュース番組は、大統領機到着の様子を生放送してた。2時間半の遅れだという。なんで遅刻したのか、夕方のニュースではわからなかった。

今朝の報道によると、遅刻の理由は、シリア問題に対応するためだったらしい。

13日火曜日の夜に、シリアのアレッポを政権軍がほぼ制圧したという記事をNHKのニュースサイトで読んだ。2011年から内戦の続いてるシリア。アレッポは、内戦前、金融や産業の拠点となるシリア最大の都市で、内戦の早い時期から西部を政権軍、東部を反体制派と分割支配されていた。反政府派の戦いのシンボルとしての街でもあったらしい。
政権側はアレッポの反政府派支配地域を包囲し空爆を続けてきた。ここ数ヶ月、物資不足に苦しむ住民の記事や激化する空爆の記事を毎日のように目にしてた気がする。
国際的な批判が高まっても、空爆と包囲は続いた。ここ数週は政権軍の攻撃は特に激しくなっていたようで、今までに経験したことがないという住民の声も読んだ。

13日のアレッポ制圧のニュースから15日に撤退と避難が始まるまで、報道によって内容が若干異なるから、どういう経緯なのかよくわからないとこもある。
13日火曜日にトルコ、ロシア、反政府派が発表した取り決めによって、14日水曜日には避難が始まるはずだった。反政府派の兵士達はアレッポを出て、さらに北の反政府派地域イドリブに向かい、残った市民は兵士と共に行くか政府の支配地域に行くかを選ぶはずだった。
はずだったのに、14日には、始まらなかった。撤退が始まるどころか政権側は砲撃を再開、街を出ようとしたものの政権側に止められ引き返す避難の車もあったという。
結局撤退・避難は15日木曜日に始まった。プーチン大統領が日本に向かう前くらいなのかな。アサド大統領は、アレッポの解放は歴史的な転機だと称賛したという。どれくらいの人数の兵士や住民がアレッポ東部に残ってるのか正確にはわからないみたいだけど、避難の完了には数日はかかる見通しらしい。

この反政府派と住民がアレッポを出ていくという取り決めは、ロシアとトルコの間で合意に達したもので、シリア政府とイランは当初この取り決めを完全には把握してなかったと書いてある記事もあったけど、どうなんだろう。幾つかの記事を読んでも細かいところが違ってたりするから、よくわからない。

シリア国営ニュースによると、イドリブの近くのシーア派の二つの村(長いことスンニ派反政府派に包囲されてる)から住民たちがバスや救急車で避難し始めたという。この住民たちの避難は元々の取引には含まれてないというから、アレッポ東部からの住民の避難と引き換え条件に入れ込んだんだろうか。
反政府派が目指すイドリブはアルカイーダのシリア支部も含む反政府派が支配してる地域だという。アレッポを出た反政府派の兵士や住民がイドリブに向かったとして、アレッポの次はイドリブでまた同じことが繰り返されるってことにはならないんだろうか。


プーチン大統領がシリアで空爆を始めたのは去年の9月。当初の目的は、『「ウクライナ危機後の孤立から脱し、欧米に不可欠なパートナーとして認めさせることだった」』(東京新聞9・27)という。何回も一時停戦や政治的解決の話し合いが報道されたけど、結局、それでは解決しなかった。
オバマ大統領は、ロシアは泥沼に陥ると予言したけど、政権側がアレッポを制圧したことはどういう評価になるんだろう。

アレッポ制圧はシリアの30万とも言われる死者を出してる内戦の転換点になるだろうけど、内戦の終息の道筋はまだ見えないというようなことは、どの報道をみても大体同じだ。
アレッポをなんとかしようとアメリカのケリー国務長官が精力的に動いてるという報道をしばらく前に見たけれど、今回の反政府派の退却の合意にアメリカは関わっていたんだろうか。報道を見ても、全く出てこないけど。