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死ね、って言葉はやっぱ使えない

先日、ユーキャン新語・流行語大賞が発表され、『保育園落ちた日本死ね』ブログがトップ10に選ばれた。その受賞を批判する声がネット上で噴出したという記事が、東京新聞の「こちら特報部」という特集面に載っていた。
批判の中心は、ブログの言葉遣いが汚く乱暴というものみたいだ。

言葉尻をとらえて批判する風潮は、この問題に限らないらしい。記事によると、最低賃金引き上げや格差解消を掲げる若者グループのデモのプラカードで使われた「くたばれブラック企業」という言葉が、批判の対象になったという。

記事では、そうした批判に対して、言葉遣いばかり批判するのではなく、そうした言葉の背景にある待機児童問題の深刻さや格差の問題など、政権から放置されてきた( 少なくてもそう見えるような気はする) 問題の存在を直視するべきと言う。

 

日本死ね ブログを初めて読んだ時、内容には共感したものの、その表現の仕方をいいとは思わなかった。ただ、こういう言葉遣いだったからこそ多くの人が注目し、話題になり、国会でも取り上げられたんだろうと思う。記事が言うように、待機児童対策に一定の影響を与えたというのも、言葉の力が時に世を動かす証明だというのもわかる。

下品だとかひどいとか言われるけど、ネット上で見かける、他者を攻撃する種々の言葉遣いの中で特にこれがどひどいとも思わない。これくらいの言葉遣いなら自分も普段使うことがあると思う。
でも、この記事を読んだ時、違和感があった。なんでかなあ。
言葉遣いにとらわれずに、本質を見ろと言われても、やっぱり、死ね、って言葉に引っかかるからかなあ。