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フィデル・カストロさんの死の報道を読んで

先月フィデル・カストロさんが死んだ。テレビで速報を見て、びっくりした。26日午後2時半過ぎだったと思う。引退してだいぶ経つし、年齢も90歳だったから驚くようなことではないんだろうけど、カストロさんはキューバにずっと存在するもの、っていう感覚になってたのかもしれない。比較するのは適当ではないかもしれないけど、ジャンプで両さんの連載が終了した時に感じた驚きと同じ感じ。

昨年のアメリカとキューバの国交回復のビッグニュース以来、キューバが大きく話題になるのは久々という感じがする。
国交回復後キューバについての報道がメディアにあふれた時に、カストロさんの姿を見て、相変わらずヒゲは健在だったけど、年取ったなあと、ちょっと複雑な気分になった覚えがある。議長引退後のカストロさんは、ジャージ姿がお気に入りということで、ローマ法王ロシア正教会の総主教との面会時にもジャージを着てるカストロさんの写真がテレビで何枚か紹介されていた。

速報が流れた翌日の朝刊の一面(東京新聞)で「カストロ前議長死去」と報じられた。中の方にも特集記事が載っていた。東京新聞しか読んでないけど、記事からは概ね好意的な印象を受けた。独裁政権であることは確かだし、人権の観点から反体制派の弾圧など非難すべき、というのがカストロさんの枕言葉みたいになってはいるけど。

NYタイムズキューバのとある3世代家族の記事が載っていた。
キューバ革命第1世代である祖父は、貧しい村からハバナに出てきて、革命後警官の職に就き、学校にも通うことができたという。警官として犯罪者を逮捕することについての彼の言葉が印象的だった。逮捕は法に基づいた手続きで行い、虐待もしない。そしてその公正な手続きは、上流階級だけでなく、誰にでも公平に行われた。至極当然のことを言ってるだけなんだけど、だからこそ、当たり前のことが当たり前に行われていなかったのが革命前のキューバで、そこで多くの人はどういう状況で暮らしていたのかを想像しなくちゃいけないんだろうと思う。

カストロさんは、生前、個人崇拝につながることを否定して、自分の銅像建立や、通りなどに自分の名前をつけることを禁じたという。埋葬も火葬を望んだ。
今日の朝刊に、カストロさんの遺灰が4日、キューバ東部サンディアゴデクーバ(カストロが1953年に最初に蜂起した原点の地だという)の墓に納められたという記事が載っていた。墓石は、高さ約3mのシンプルな花崗岩。写真を見ると、中央に、「FIDEL」とだけ刻まれてた。

経済的に苦しく、政治的自由も制限されて、毎年多くの若者がアメリカに亡命してるというキューバ

NYタイムズの3世代家族の記事で、警察官になった革命第1世代の男性の孫は、医療・教育が無料で、治安もいいキューバを大切に思っているとする一方、望みはとにかくこの国から出ることだという。

オバマ大統領のもとで実現したアメリカとキューバの国交回復を、トランプ次期大統領はどうする気でいるんだろう。
2018年にラウル・カストロ氏が引いて、革命後に生まれた世代が引き継ぐ見通しだというけど、キューバはどんな風に変わっていくんだろう。

 

1990年年代インタビューで、『「私は地獄に落ち、マルクスやレーニンに会うだろう。地獄の熱さなど、実現することのない理想を持ち続けた苦痛に比べれば何でもない」』(東京新聞11・27)と語ったという。

カストロさんの理想としたところへ、キューバは向かっていけるんだろうか。