山田詠美の『ぼくは勉強ができない』を読んで

とりあえずまた読むかもしれないなあと思った(と言っても大抵は読まないんだけど)本の入ってる段ボールの、一番上にあった書店のカバー付きの本はなんだったろうと手に取ってみたら、その下に、見覚えのない文庫本が何冊かあった。買った覚えのない本があるってのが、一瞬なんだか気味悪かったんだけど、そういえば子供が買った本かもしれないと気づいてホッとした。

そのうちの一冊を、なんとなく読み始めたら、一気に最後まで読んでしまった。面白かった。
17歳のサッカー好きで、年上の恋人がいて、勉強はできないけど女性にはよくモテる高校生、時田秀美。『凛々しい秀美が活躍する元気発剌な高校生小説』です。
『ぼくは勉強ができない』から『ぼくは勉強ができる』まで、8編のエピソード+番外編。エピソード一つが20ページくらいで短く、主人公の一人称が読みやすい。


子供は時に大人より大人だと思うときもあるけど、それでも大人ならしばらく立ち直れそうもないような出来事からあっという間に復活したりする。
番外編の奥村先生と小学生の頃の本当にまだ角が一つの秀美のエピソードは、まだ若くて、あるべき完璧だけしか目に映ってないらしい担任の奥村先生が、秀美の母の仁子と秀美にかき回されることで、半ばやけくそ気味に一皮むけそうな(多分)ラストが、印象的だった。


「時差ぼけ回復」のエピソードも印象的だった。
同級生の男の子の自殺の報に、最初泣けなかった秀美が、後日、電車の中で気付いたら泣いてた場面は、映像と春の柔らかい空気まで感じられたような気がした。
そう、自殺した時差ぼけの子も、もう少しだけ騙し騙しで、だらだらとでも生きてれば、春の風が気持ち良い事に気がつく事ができたろうに。
もう、結構な時間生きてきた今になると、生きてく事って、多分そんな瞬間の単なる積み重ねでもあるんだろうと、思う事がある。


立ち読み感覚で読み始めたんだけど、気づいたら文字を追うのも難しいほど日が暮れてた。なんか久々に、本を読んだ気がする。ちょっと、得した気分の半日でした。