読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

オバマ大統領の広島訪問の中継を見て、ちょっと時期外したけど

先月27日、アメリカの現職大統領として初めて広島を訪問したオバマ氏。当日、テレビの夕方のニュース番組では、オバマ大統領の岩国離陸からずっとライブで中継がされた。
事前に短いものになるのではと言われてたスピーチは思ったより長かった気がする。印象に残ったのは、出だしの一文。
「71年前の晴れた朝、空から死が落ちてきて世界は変わった。」落ちてきたんじゃなくてアメリカが落としたんだろって、まず突っ込みたくなったけど、何回も推敲を重ねたという表現はギリギリのものだったんだろうとも思う。

アメリカ国民の間でも、原爆投下を支持する人の割合は減少傾向にあるというけど、2015年2月世論調査では、56%が「正しい」と回答。年代別では65歳以上の70%が支持、18〜29歳では47%。世代で意識の差が広がってるみたいだ。
 それでも、大統領選挙の年だし、言葉はギリギリ選ばなければならないんだろうなあと思う。いつか、実際に被曝した方達がお元気なうちに、アメリカが落とした原爆っていう表現を、スピーチで使ってほしいなとは思うけど。

オバマ大統領の広島訪問の前に、広島で被曝して、その後韓国に帰国した被爆者の記事を読んだ。その中で、被爆者の一人が、真に無辜な犠牲者と言えるのは自分たちだ、というような表現をしていたのが、ずっと引っかかってる。無理やり連れてこられて、そこで被曝して、さらに帰国したら帰国したで、韓国内で被爆者ということで差別にあって、多分自分などには想像もできないほどの苦しみを味わってきたんだろうという方の言葉だと思えば、その表現を否定したい、というわけじゃない。国っていう括りをされたら、生まれたての赤ん坊も、幼い子供も、みんな無辜の犠牲者じゃなくなってしまうのか、って、最初は単純に思ったんだけど、なんかそれだけが、引っかかる理由じゃないような気がする。
じゃあ、なんで引っかかるんだろうと、これを書きながら考えてるんだけど、よくわからない。自分で引っかかってるだけだから、そのうちわかるかも。とりあえず、棚上げしとこう。