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保有と使用は違うと思うんだけど、こんな簡単にスルーされていいのかなあ

先日の東京新聞に、『政府は26日、化学兵器生物兵器の一切の使用を憲法9条が禁止するものではないとする答弁書を閣議で決定した。15日には核兵器についても、同様の閣議決定をしている。』という記事が載っていた。

朝日新聞デジタル(4月1日)には、

『 政府は1日の閣議で、「憲法9条は一切の核兵器の保有及び使用を禁止しているわけではない」とする答弁書を決定した。その上で「非核三原則により、政策上の方針として一切の核兵器を保有しないという原則を堅持している」との見解も併せて示した。
 民進党逢坂誠二氏と無所属の鈴木貴子氏の質問主意書に答えた。
 政府はこれまで、自衛のために必要最小限度の実力を持つことは、憲法9条2項で禁じられていない、と解釈している。例えば、1978年に当時の福田赳夫首相は国会答弁で、核兵器について「憲法9条の解釈として、絶対に持てないということではない。必要最小限の自衛のためであれば持ちうる。ただ、非核三原則を国是としている」と述べている。』とあった。

 

15日の閣議決定と1日の閣議決定の何が違うのか、ネットでちょこっと検索した限りではよくわからなかったんだけど、1日の方については、IWJ Independent Web Journal(4月2日)というサイトに、鈴木貴子議員への取材ということで、下記のように載っていた。

『鈴木議員は趣意書の中で、「日本政府による核兵器の使用は憲法上認められているとの見解か」「核不拡散条約の締結国である日本政府として、日本国憲法と日本国が締結した核兵器不拡散条約、どちらが優位に立つか説明を求める」などと問いただしています。
これに対する政府決定は、「非核三原則」「原子力基本法」「核兵器不拡散条(NPT)」などを挙げて「核兵器を保有し得ないこととしているところである」と主張。その上で、次のように答えています。
憲法第9条核兵器との関係についての純法理的な問題として、我が国には自衛権があり、自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法第9条第2項によって禁止されているわけではなく、したがって、核兵器であっても、仮にそのような限度にとどまるものであるとすれば、それを保有することは、必ずしも憲法の禁止するところではない。他方、限度を超える核兵器の保有は、憲法上許されないものであり、このことは核兵器の使用についても妥当すると解している」』


福田赳夫首相の、「憲法9条の解釈として、絶対に持てないということではない。必要最小限の自衛のためであれば持ちうる。ただ、非核三原則を国是としている」と、今回の閣議決定は、同じことを言ってるように見える。違うのは、「このことは核兵器の使用についても妥当すると解している」というところ。核兵器の使用についても、同じだということは、必要最小限度の自衛のための核兵器の使用は憲法上禁止されてない、ということなんだろう。
もともとこの質問主意書は、
横畠祐介内閣法制局長官の3月18日の参院予算委員会での、「我が国を防衛するための必要最小限度のものに限られるが、憲法上あらゆる種類の核兵器の使用がおよそ禁止されているとは考えてない」という発言に対して出されたものであるみたいで、この発言の時は、そのすぐ後の会見で、菅官房長官が、核兵器の使用される可能性について、「ありえない、」「全くない」「あり得ないことはあり得ない」と否定を繰り返したみたいだけど、横畠長官も、法律で使用が制約されるから使用は現実的ではないとしてるみたいだから、同じことを言ってる。

 

憲法9条には、これはダメだけどこれはいいよ、なんて兵器の種類が記載されてるわけじゃないし、自衛のための必要最小限度の武器はもてるという解釈を取るなら、その範囲内で核兵器だろうが生物化学兵器だろいうが持てる、っていう解釈になるのは当然、と言われれば、そうかもしれないかなあ、と思いそうにもなる。ただ、自衛のための必要最小限度、とか、限度を超える核兵器、とか、そいういう言葉自体、紙の上でしか意味のない言葉のように思う。