記憶の中に生きること

ニューヨークタイムズに時々、ホロコーストの時代を生き抜いてきたユダヤ人の死亡記事が出る。先日載ってたのは、ナチのユダヤ人絶滅計画が加速する前にかろうじてアメリカに渡り、その後秘密裏にナチドイツに戻りスパイ活動で成果を上げた人の記事だった。今まで読んだ記事の中では、大抵の人が、困難な時代を生き抜いてきたけど、その後はそれぞれ家族を作り、子孫も残し、晩年は平穏に暮らしていたという内容だったから、今晩年を迎えてるだろうホロコーストを生き延びてきた人たちが、みんな平穏な晩年を送ってるものだと、なんとなく思い込んでた。

けど、そんなことはなかった。報道によると、当時10代だった生存者でも今は80歳を過ぎていて、大方は90代、100歳代と、介護の問題が急務になってるらしい。介護費用をまかなえるだけの財力のある人は別にして、世界中で介護を必要とする困窮したホロコーストの生存者のために、ユダヤ人の代表機関とドイツ政府が交渉を続けてるという記事が、ニューヨークタイムズに載っていた。

生存者10万人が住むアメリカでは議会でもこの問題が取り上げられてるという。
ユダヤ人補償請求委員会という機関が、世界中の五万五千人の生存者のケアを、ドイツ政府による賠償金プログラム(60年以上前に始まったものだという)を通じて行ってる。けど、みんなが歳をとってきて、迫害の経験や、ホロコースで一族全滅してしまったことによる孤独に関連した特別なケアの必要性が増加しているのだという。

ドイツは今も、週25時間の在宅ケアの補償してるというけど、多くのケースでそれでは十分とは言えないらしい。
それで、交渉を続けている。

記事の中で、ちょっとショックだったのは、最近の記憶をなくして過去に戻ってしまう高齢者のケースだ。老人が、最近のことより昔のことの方をよく覚えてるというのはよくあることで、その程度によって、介護が必要になるというのもよくあること。ただ、ホロコーストの生存者の中には、その記憶が問題になる場合がある。

家から無理矢理連れ出され、貨車に押し込まれ、両親から引き離され、もう二度と会えなかった。蘇るのが、そんな記憶の世界だったら、それはどれほどの苦しみなんだろう。若い頃、幼い頃に地獄のような経験をしてきて、人生の最後に再び記憶の中で、その世界に帰る。
70年以上前のナチの世界にユダヤ人として再び住まなければならないとしたら、その苦しさは、どれほどのものなのか、想像しようったって、とてもできない。