パキスタンの自爆テロとデモ

去年9月に可決成立した安保関連法が、昨日29日施行された。国会前で安保法の施行に反対する人たちのデモの様子を報道で見た。
去年国会で議論が行われている時も日本各地で、大勢が参加してデモが行われた。

デモという単語を見ると、自民党の石破さんの、デモはテロ発言を思い出してしまう。

自民党の石破氏が、国会周辺のデモについて、その本質はテロ行為とあまりかわらない、とブログで述べたのは、2013年のことだった。特定秘密保護法に反対する人々の国会周辺でのデモ活動についての
「今も議員会館の外では『特定機密保護法絶対阻止』を叫ぶ大音量が鳴り響いています。いかなる勢力なのか知る由もありませんが左右どのような主張であっても、ただひたすらその主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはないでしょう。
主義主張を実現したければ民主主義に従って理解者を一人でも増やし支持の輪を広げるべきなのであって、単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます。」という内容だ。

デモ=テロと言ってるわけではなく、その本質が変わらないと言ってる。
石破さんの考えるテロの本質ってのは、どういうものなんだろう。
静音を妨げるような、世論の共感を呼ぶことのない(と石破さんは思ってる)、民主主義に従わない行為。

自らの主義主張を、人に恐怖を与えるという手段で実現しようとすることがテロだとすると、その本質は恐怖ということなんだろうか。


先日、パキスタンの公園で自爆テロが起こされた。
イースターを祝うキリスト教徒らでにぎわう公園が狙われた。67人が死亡、300人以上が負傷。犠牲者には女性や子供が多数含まれていたと言う。パキスタンタリバンの分派組織が犯行声明を出した。
ネットの記事の中で、一枚の現場写真を見た。おそらく被害者たちが倒れていただろう現場に残された血だまりの写真だ。駐車場のアスファルトに、まるで、ちょっと深めの水溜りのように血だまりが広がっていた。

これがテロの本質なんじゃないかと思った。
テロの本質は、血だまりだ。
まるで、台風の後の水たまりのような血だまり。1丁の銃も持たないデモの本質が、テロと変わらないなんてこと、あるわけない。