イスラエルは、やっぱりユダヤ人の最後の砦としての特別な国なんだなあと、思う。

日曜日に、イエメンからの最後の脱出組が、イスラエルの空港に到着したという記事を読んだ。内戦で分裂するイエメンから、イスラエルへ行くことを希望したイエメンのユダヤ人の最後の19人だという。

1ヶ月にわたる秘密の救出作戦はこれで終了だけど、イエメン国内に残ることを選択したユダヤ人は約50人いて、そのうち40人ほどは首都サヌアでイエメン当局の保護のもと、閉鎖された建物で暮らしてるという。

記事によると、イスラエルとイエメンは外交関係がない。イエメンからのユダヤ人の移住を助けてきたアメリカとイギリスは去年大使館を閉鎖。内戦が始まってから、サウジアラビアはイエメンへの出入りのあらゆる交通路を封鎖し、イエメンからの出入りはサウジアラビアがチェックしてるらしい。そのサウジアラビアイスラエルは公式な外交関係がない。そんな中で、イスラエルユダヤ人機関が、どうやってイエメンのユダヤ人を脱出させたのか、そのルートについては、まだイエメン内に残るユダヤ人がいるから、関係者の口は固いという。ルートが閉じられたら、残ったユダヤ人が脱出を希望した時困るから。

どういう経緯で内戦のイエメンからユダヤ人が脱出してきたのかもわからないけど、去年の10月には、イエメンから脱出して、助けを求めてきたというイエメンのユダヤ人について、イスラエルの議員が、発言したという記事があった。イスラム教徒のふりをして、国から逃げてきたというイエメンのユダヤ人が言うには、彼らはフーシ派から、改宗するか国から出て行けと告げられたという。

もしかしたらその後、秘密の救出作戦がどこかで進行していたのかもしれない。

去年の2月に、イエメン北部のライダ の街に残った最後のユダヤ人一族の記事を読んだ。当初は何家族もいた集落だったけど、みんな国外に移住していって、今は一家族しか残ってないという記事。一家族といっても大家族だから全部で55人いた。
周りをイスラム教徒に囲まれて、襲撃されるわけではないけど、街に出るときは緊張感を持っていく、という空気の中での暮らし。
いい人もいるし悪い人もいる、とはいうけれど、ここを去りたくないと思う人は一人もいないという生活。その記事の中では、イスラエルよりアメリカに行きたいというようなことを言ってたみたいだけど。
写真に写る集落へのゲートは、厚みを感じさせる頑丈そうな高い鉄扉だった。
集落で最後に残ったユダヤ人。記事の最後で、もうすぐイエメンには一人のユダヤ人もいなくなるだろうと、中の一人が言っていた。


今日読んだ記事のなかで、イスラエルユダヤ人機関の移民担当のディレクターが、ライダにはもうユダヤ人はいない、と言っていた。去年の2月に、ライダの住人が言ってた通りになってしまったみたいだ。

イエメンのユダヤ人の歴史は古くて、遠くソロモン王の時代までさかのぼる。イスラムが起こってから、ポグロムの時代などもあったけど、イスラム教徒とは大体いい関係だったらしい。イスラエル建国後の反ユダヤ主義の騒動などで、数万のユダヤ人が、イスラエルによる魔法のじゅうたん作戦でイエメンから脱出したという。
その後、残ったユダヤ人はフーシ派支配地域である北部に比較的平和裏に住んでいたけど、2000年代に入って、フーシ派が反政府の戦いを始めてから、ユダヤ人はフーシ派から迫害を受けるようになり、サレハ大統領が、サヌアの近くのゲートコミュニティにユダヤ人を移して保護してきた、2012年に大統領職を追放されるまで。

2月にライダに残ったユダヤ人の記事を読んだ後、時々報道されるイエメンの内戦の状況はどんどん悪化していったから、彼らは一体どいうしてるんだろうとそのたびふっと思うこともあった。だから、今回イスラエルに最後のグループが脱出してきたという記事を読んで、とりあえずよかった、と単純に嬉しくなった。

ソロモン王の時代までさかのぼれる土地を捨てて逃げていくって、どれほどの思いなんだろう。とても想像しきれないけど。