シリア内戦の停戦の記事を読んで

27日から始まったシリア内戦の一時停戦。2011年に内戦が始まって以来初めての、大規模な停戦だという。28日の東京新聞では、”薄氷の停戦”という見出しで記事になってた。記事によると、停戦破りが起こった場合の対処の方法などは決まってないという。停戦監視団の派遣など国際社会の役割が不可欠というけど、国連安全保障理事会常任理事国5カ国のうち、中国以外の4カ国が内戦自体に介入している。

シリアの和平問題で争点はアサド大統領の処遇に集まってるという記事が今日の朝刊に載っていた。ロシアの空爆による支援で息を吹き返したアサド大統領は、今後の和平交渉でも続投を狙ってる。反体制派は当然退陣を要求。反体制派を支援する西側諸国も反アサドだけど、退陣要求については内戦が始まった頃からは、微妙なニュアンスの変化もあるらしい。
記事によると、『内戦開始後は、弾薬や金属片を詰め込んで殺傷力を高めた「たる爆弾」を反体制派地域に投下し、国民に多数の犠牲を出しているとみられている。また、化学兵器使用の疑惑もあり、国際機関から批判の声が上がっている。』
『トルコ南部で14年12月に本紙の取材に応じた元IS戦闘員は、参加の動機を「アサド政権への復讐」と説明。「アサド政権にスンニ派が多数殺される映像をインターネットで何度も見た」ことで政権を打倒しなければならないと感じ、参加を決意したという。』
『内戦の死者は25万人以上。アサド政権に親族や友人を殺害された反体制派は、アサド氏続投となれば戦闘を再開する可能性がある。このほか、反発を強めた反体制派の戦闘員がISやヌスラ戦線に加わる選択をするとの見方もある。』(東京新聞3月1日付記事より抜粋)

アサド政権による自国民の虐殺は、今回の内戦が初めてというわけではないという。
東京新聞日曜版に連載されてるジャーナリスト木村太郎さんの『太郎の国際通信』2月28日掲載分では、反体制派のアサド政権に対する不信の根の深さについて書いていた。
1982年、今のアサド大統領の父親が大統領だった時代におきた「ハマの虐殺」。長く政権と対立をしていたイスラム主義組織ムスリム同胞団の拠点だったシリア北部の都市ハマに、現大統領の父親のハーフィズ・アル・アサド大統領の命令で実行されたムスリム同胞団の殲滅作戦。「太郎の国際通信」によると、政権とムスリム同胞団の衝突が激化する中、大統領の暗殺未遂事件をきっかけに政権が同胞団の鎮圧を図った。『同胞団はシリア北部の都市ハマを占拠、「解放区」を宣言したが、12000人の政府軍が包囲して攻撃、1週間で街の中心部を破壊し尽くし、同胞団の戦闘員が殺りくされただけでなく多くの市民が反逆容疑で拷問を受け大量処刑が行われた。』(2・28付『太郎の国際通信』より)という。
犠牲者の数は1万人とも4万人とも言われ確定した数も出てないらしい。

虐殺が行われたのは1982年の2月だというから、今からちょうど34年前だ。自分の年に置き換えてみたとして、もし34年前、子供だった頃、親や親族、親しい人たちが虐殺されたとしたら、その恨みが今消えてるとはとても思えない。
自国民の虐殺ということが実感としてなかなか想像できないんだけど、アサド政権は少数派のアラウィ派をベースにしていて、殺らなければ殺られるという意識に常に支配されてるともいう。恐怖をベースにした弾圧だから、敵の殲滅を目指すということになるらしい。
過去から続く怨念に加えて2011年からの内戦で新たな恨みと不信が加わってるとしたら、内戦の本当の終結はどんな形になるんだろう。