政治的公平なんて、政治的人間がどうやって判断するんだろう

月曜日の衆院予算委員会で、高市大臣の放送法発言と、それをうけての内閣統一見解に関する質疑があった。政治的公平性について、一つの番組でも判断するのか、番組全体で判断するのかについてやり取りしていた。従来の政府解釈は、「放送事業者の番組全体を見て判断する」というもの。12日に出された政府統一見解は、「一つの番組のみでも、極端な場合においては一般論として政治的に公平であるこを確保しているとは認められない」一つの番組か番組全体か、で延々やってた。
高市大臣は、政治的公平が確保されない場合の、電波を停止する可能性に言及したけど、安倍総理もそれについては否定しなかった。

放送法4条をめぐる応酬なので、とりあえず4条を読んでみた。
『放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない。
1 公安及び善良な風俗を害しないこと。
2 政治的に公平であること。
3 報道は事実を曲げないですること。
4 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。』


電波を停止する可能性は、電波法76条第1項による。
総務大臣は、免許人がこの法律、放送法もしくはこれらの法律に基づく命令またはこれらに基づく処分に違反したときは、三箇月以内の期間を定めて無線局の運用の停止を命じ、または期間を定めて運用許可時間、周波数もしくは空中線電力を制限することができる。』

高市大臣は、8日の衆院予算委員会で、『「放送事業者が極端なことをして、行政指導しても全く改善しない場合、何の対応もしないとは約束できない。将来にわたり(罰則適用の)可能性が全くないとは言えない。」と答弁した。』(東京新聞2・13)

4条に違反してるかどうかは政府が判断し、(政府から独立した監督権を持つ組織がないし)それに違反していると認められれば、電波法に基づいて電波停止命令を出しますよ、ということだ、多分。


問題は、この4条が法的規範としてみるのか倫理規範とみるのかだという。法的規範とみるなら、これに違反したばあい、総務大臣が電波法の電波停止、放送法の業務停止を命じることができる。倫理規定であるなら、法律違反ということにはならないんだから、大臣も電波停止命令は出せない。
で、従来の通説では、放送法4条は倫理規定、と解釈するのだという。

どうやら集団的自衛権の解釈と同じように、ここでも『「高市氏の発言は、安倍首相による憲法9条解釈改憲と同じで、学会などでの議論の積み重ねにかかわらず、時々の大臣の判断で放送法を根拠にした電波停止が可能になることを意味している」』(東京新聞2・13付記事、音好宏上智大教授の発言より)ということになるらしい。

そもそも政治的公平なんて、どんな基準で判断するというんだろう。とりあえず高市総務大臣だって、安倍総理だって、選挙で選ばれた存在で、そんな人たちが政治的公平なんてものを、それこそ公平に判断できるんだろうか。

同じ議員とのやり取りの中で、総理は、テレビ局に向かってものを言うというのは勇気がいることなんですよ、私はそうやってものを言ったから、かつて総裁選の時に、731部隊の人の顔に私の顔を被せたイメージ操作をされたことがあって、ダメージを受けたんですよ、というような発言をしていた。(発言の細部はチェックしてないから表現に若干、実際の発言の言葉とは異なるとこはあると思います)

質問をした民主党の議員は、総理は表現の自由というものがわかっていない、と言ってた。それもそうかもしれない。
けど、それよりも、総理は、権力者でいるということをどう考えているんだろうと、ちょっと疑問に思ってしまった。多分、総理は権力を行使される側にいたことがないから、こっちの側、大多数の国民の側のことが、きっとわかってないんだろうな、と思う。