どうしても現実感を感じられない北朝鮮についての記事を読んで

東京新聞朝刊に、「50年代を演じる金正恩氏」というタイトルで論評記事が載っていた。北朝鮮の水爆実験(核の力でアメリカと和平を結び現体制を保全するのがその戦略だという)と、牡丹峰楽団K-popやディズニーを歌う、金氏肝いりの楽団)、平壌にある100万㎡の巨大撮影所を取り上げて、
『ディズニーも、ハリウッドも、水爆も、1950年代が全盛である。50年代は、東西冷戦が核開発競争の形をとった時代で、北朝鮮の体制が依拠する価値観は、この時代で止まっているのではないか。金正恩第一書記は、尊敬する祖父・金日成主席に髪型や体型、身振りを似せる。彼もまた1人の50年代を演じる俳優なのだ。「水爆」は、そうした彼らに受け入れやすいシンボルであろう』(東京新聞 社会時評 1月20日より引用)

北朝鮮は水爆実験を成功させて、大陸間弾道ミサイルにのせられるような核弾頭の小型化を目指してるらしいけど、北朝鮮の水爆実験成功宣言の報道の時に流された映像は、確かに、冷戦期の巨大な水爆実験の映像だった。

映像から受ける印象って、強いなあと思う。
水爆かどうかは置いといても、下手に追い詰めると暴発するかもしれない、なおかつ核のリスクを持つ隣国があって、おまけにその独裁的な指導者はまだ若くかなり攻撃的な性格らしいと聞けば本当なら、怖くてたまらないんだろうと思う。それなのに、なんだか全てが作り事の世界のような妙な非現実感のような印象を、その指導者の映像から受けてしまう。記事で言ってる通り、『彼もまた1人の50年代を演じる俳優』という印象。


北朝鮮は去年の秋、核実験のためにトンネンルを掘ってたけど、オバマ政権ネバダ砂漠での核実験の準備をしていた、という記事を先日読んだ。
初の精密誘導原子爆弾。民間人への被害を最小化するために、コンピューター制御でターゲットを絞る。北朝鮮のような国の地下核実験施設を念頭にデザインされた、改良モデル、らしい。
現状の兵器を改良して、より小さくより正確な武器に変身させるのは、核のない世界に近づくことなのか、それともそんな兵器なら使ってみたいという誘惑の可能性が出てくるのか。それも、報復ではなく先制使用という形で。それこそ”使える核兵器”だ。なんだか悪夢の未来のような感じがする。


ドローン攻撃の時代に、北朝鮮の50年代回帰志向って聞かされると(少なくてもそう見える志向)なんだかなあとしか感じようがないんだけど、もしかして日本は、50年代以前に回帰しようとしてるみたいにも思えてきて、こっちの方はなんだかなあでは済まされないんだろうと思う。