知っても何もできない

シリアのマダヤという街が政権側に包囲され物資の補給が断たれて、住民は飢餓に瀕しているという報道を何日か前にテレビで見た。12月から少なくても28人が餓死したのだという。国連による支援物資が先週ようやく運び込まれたらしいけど、危機的状況は続いてるみたいだ。
新聞記事などの報道によると、昨夏までは周辺のダマスカスやホムズに比べて比較的被害が少なかったというマダヤだけど、政権側のヒズボラが攻撃を続けても反政府組織を落とせず、7月から包囲作戦に変えたのだという。反政府組織側は親政権のシーア派の町を包囲。結局一番被害を受けるのはどちらの側も、住民たちだ。

9月にロシアが空爆に参加してアサド政権側は、息を吹き返したみたいだけど、それまでは包囲作戦も効いて、停戦も成功しそうな感じだっという。何れにしても停戦はされず、代わりに包囲が余計厳しくなったらしい。
報道によると、草のスープすら冬になり草がなくなって食べられなくなったという。猫やロバも食べたというけど、イスラム教では食べるものについても厳しい戒律があるというから、そういう肉を食べるということ自体、非イスラム教徒にとってわからない精神的苦痛があるという。

マダヤの住民の記事の中で、いっそロケット弾を撃ち込んで、この生活を終わらせてくれという住民の声が紹介されていた。

マダヤからベイルートまでは車で2時間ほどだという。世界中の情報やモノが家から一歩もでなくても手に入るこの時代に、世界から切り離された街で飢えに直面しながら生きる日々は、どんなものなのか。

世界中から見捨てられた気分だと、この世界でどれほど多くの人たちが感じているんだろう。どこの国からも受け入れてもらえないロヒンギャの人たちの苦境が報道された時も、世界から見捨てられた気分について想像してみたけど、とりあえず食べるものにもどこかへ行くことにも不自由を感じられないこの生活の中で、想像するのはとても難しい。

ナチスドイツはヨーロパのユダヤ人絶滅政策の中で、ユダヤ人をゲットーに押し込めた。映画や本など知ったのはその悲惨な生活のほんの一端だ、たぶん。そこでいつも疑問だったのは、当時の残りの世界の人たちは一体ナチスドイツの占領下でどんなことがユダヤ人に対して行われていたのか知っていたんだろうかということだった。
でも今感じるのは、その当時知っていたかということより、その後世界がその悲劇を知って、もう二度と繰り返してはいけないことなのだとわかったはずなのに、今も変わらず繰り返されてるのは、なぜだろう、ということだ。