シリア人難民の記事をいくつか読んで

何日か前の東京新聞に、シリア人避難民の収容施設(施設なのか駅なのかちょっと状況は覚えてないんだけど、とりあえずシリア他からの避難民が集まるところ)を訪れた記者が、彼らの話を聞いて、みんなドイツにものすごく感謝している、いつかドイツが危機に陥ったときにきっと彼らがドイツの力になってくれるはずだ、というような感想を書いてた記事を読んだ。

トルコにいるシリア人難民の別の記事では、トルコにとどまるべきか、欧州へ向かうべきか悩む人たちの声が載っていた。
トルコには220万人近くのシリアからの避難民がいるという。そのうち40万人ほどの子供達は、学校に通えてない。仕事も低賃金労働で、先に希望が見えない生活らしい。
激増する避難民の流入をトルコで止めようと、EUがトルコに避難民の生活改善のための資金供与をしてる。エルドガンも選挙に勝った。(記事によると、エルドガンは、宗教的・民族的なモザイク帝国だったオスマントルコの継承者として自らを見なしているから、避難民にも門戸開放政策をとってきたけど、近代トルコの単一民族国家としてのアイデンティティによっているエルドガンのライバル政党は、シリア人避難民に敵対的だという)

で、トルコにこのまま止まるか、危険を冒してそれでもヨーロッパへの旅を続けるか。思案のしどころらしい。
いづれは内戦が終わりシリア再建の時が来るから、それまでトルコにとどまるという人や、あと5年や10年は先が見えないからヨーロッパに向かうという人。中には、一旦はスウェーデンに着いたけど、結局戻ってきたという人もいた。その人の言葉は印象的で、ヨーロッパでは生活は保障されるけど、それは人生の保障じゃない、そこではあまりにも多くのことを変えなければならない、と言う。

トルコにとどまるには、合法的仕事につけて(つまり賃金も上がる)、市民権への希望に繋がるか、が鍵らしい。


土曜日の東京新聞には、現代イスラム地域研究の専門家の同志社大教授のインタビューが載っていた。印象的だったのは、ドイツの積極的難民受け入れの背景にある経済界の労働力不足を補いたいという要請について、「ミスマッチだと思います。シリア人は自立心や向学心が高く、群れない。骨の髄から商売人で、もの作りの国であるドイツのマイスター(親方)システムには合いません。かつてトルコ人労働者を受け入れ、ドイツ人がやりたがらない仕事をさせていましたが、シリア人には難しいでしょう。ミスマッチからシリア人への敵意が出てくるリスクは高い。」という言葉だ。

 

難民第1世代はドイツへの感謝でいっぱいなのかもしれない。そのままうまく同化できれば、同志社の先生の言うようなシリア人への敵意もなく、うまくいくのかもしれない。第2世代になっても、将来に希望の持てない生活が続いたら、今のイスラム国がそうしているように、そこにつけこむ悪意がどこからか湧いて出てくるのかもしれない。

 

数年単位の話ではなくて、世代を超えての話になるのかな。