ハイキュー!!  第186話  バレー馬鹿たち  感想

最後のローテーションの図  

影山前衛のままになってるけど、影山はサーブしたから、前衛は大地さん・日向・田中後衛は、旭さん・西谷さん・影山になるのかな。
烏養さんの言う”チャンスのローテ”はどんなローテなんだろう。
次の白鳥沢のサーブは天童さんで、(ピンチサーバーはいるかもしれないけど)それを烏野が破ったら、19・18の烏野のマッチポイントになるけど、次の田中さんのサーブの時に決めないと、白布サーブになって、今度は牛島が前衛に上がってしまう。でも、日向はギリギリまだ前衛。(ですよね?)
この試合は、全国3本指のスパイクを、封じることはできなくても、どうにか対処しなければ試合にならないってとこから始まってるから、牛島対月島の勝負が試合の軸みたいな展開をしていた印象が強いけど、やっぱ最終盤は、日向の、俺が主役だ的活躍で締めて欲しいかな。
及川さんが気味が悪いと評した考える日向。(それにしても、北一の先輩後輩セッターコンビは、日向イコール考えない人という前提なのか、日向がちょっと考える様子見せると、オロオロしたり、気持ち悪いと言ったり、なんでしょう。)
牛島バックアタックには、上から打たれてしまったけど、次の前衛同士の時には、ミドルブロッカーとしての日向に、期待したいです。月島のブロックやら天童さんのブロックやらをじっと見つめてきた日向だし、助走ブロックも勢いをコントロールしてきたっぽいし。


鷲匠監督が、自分の40年をかけて否定したいのは、日向のなんなんだろう。
40年前にバレー馬鹿だったはずの鷲匠監督は、妬ましく、だからこそ憧れて憧れて、でも自分には決して手に入らないものを認めたとき、それでも自分のこの体で戦える術を探し続けることを選択するのではなく、すべてをねじ伏せるシンプルな強さを自分の外に求めることを選んでしまった。小さくても戦えるすべが欲しいのではない、と自分を納得させた時、バレー馬鹿じゃなくなってしまったのかもしれないね。
青城戦、及川さんの回想シーンに出てきた謎の人物が言った言葉、「”自分は天才とは違うから”と嘆き諦める事より、辛く苦しい道であるかもしれないけれど」。及川さんは小さくないし、十分センスのある人だし鷲匠監督の現役時代とは、状況が違うといえば違うけど。ここでの及川さんは、鷲匠監督とは違って、バレー馬鹿であり続けることを選んだのだと思う、多分。

日向の武器は、並外れた跳躍力と、スピードと反応の速さ、スタミナ、後先考えないボールへ飛びつく直観力、終盤に見せる集中、あと一歩からさらにもう一歩踏み出すことのできる勝ちにしがみつく力。(書いてて気付いたんだけど、これって大体影山と菅原さんの言葉で出てきた評価だったと思う。さすがセッター、よく見てる?)
でも、跳べるとは言っても、元の高さが低いから、跳べることはスタートラインに立つ資格にしかならない。

バレーボールには高さが重要ってのは、昔からずっと変わらないこの競技の特徴なんだと思う。

日向も、最初から、打っても打っても高い壁に跳ね返されてきた。
やっと手に入れた変人速攻も、強い相手には、いつまでも通用しない。その度に、ブロックに跳ね返されない方法を探して、練習してきた。大体探し物って、絶対あるということがわかって探すのは、ストレスかかってこないけど、在るかないかわからないものを探す時って、すごく疲れる。探してる最中に2人(日向・影山)の衝突とかあったけど、乗り越えて、ここまで来た。
今は、日向は、彼の能力を100%使い切る影山とのコンビで烏野の攻撃の主力になってる。けど、これからどこかの段階で、きっと日向にも越えられない壁が出てくるのだと思う、多分。
それでも、大地さんが前に言っていたように、俺たちは上を目指さずにはいられない。
この試合の中で、俺が何かに絶望するとしたら、バレーができなくなった時だけだ、と影山は言ったけど、それは、日向も同じだと思う。

鷲匠監督は、日向を否定することができなければ、逆に自分の40年すべてを自分で否定せざるを得なくなってしまうのかもしれない。それは、単に戦い方のコンセプトの違いということを超えたものなのかもしれない。だとしたら、ちょっと重すぎだから、やっぱそうじゃないかもしれない。(どっちだ?どっちでもないかも)

 

日向も集中モードに入ったし、勝って戻ってくるのはどっちだろう。