茨城県教育委員のビックリ発言にびっくりした

障害児の出産について、教育委員という立場にある人が、びっくりするような発言をしたというニュースを読んで、やっぱびっくりした。


朝日新聞デジタル版によると、

18日の茨城県の教育施策を話し合う、県総合教育会議の席上で、今年4月に教育委員に就任した長谷川智恵子氏(銀座の日動画廊副社長)が、障害児が通う特別支援学校を視察した経験を話す中で下記のように発言した。


『「妊娠初期にもっと(障害の有無が)わかるようにできないのか。(教職員も)すごい人数が従事しており、大変な予算だろうと思う」
 「意識改革しないと。 技術で(障害の有無が)わかれば一番いい。生まれてきてからじゃ本当に大変」
 「茨城県では減らしていける方向になったらいい」』
『会議後の取材に、長谷川氏は出生前診断の是非などについて「命の大切さと社会の中のバランス。一概に言えない。世話する家族が大変なので、障害のある子どもの出産を防げるものなら防いだ方がいい」などと話した。
橋下知事は取材に「事実を知って産むかどうかを判断する機会を得られるのは悪いことではない」とし、長谷川氏の発言に「問題はない」と話した。』
                『  』内は朝日新聞デジタルより抜粋しました。


この発言については、批判を受けて、不快な思いをさせて申し訳ないと、謝罪したそうだけど、謝ればいいってもんじゃないでしょう。
生まれてからじゃ大変、減らしていける方向になったらいい、と言ってるのだから、この人はあからさまに、障害があることが妊娠段階でわかったら、中絶しろと言ってる。障害者の出産は、防げるものなら防いだ方がいい、その理由は、世話する家族も大変だし、教育予算もえらくかかるし。

経済成長して国が豊かになっていくことは、弱肉強食の余裕のない社会じゃ真っ先に切り捨てられる障害者や、傷病者、老人、幼児などの弱者と言われる人たちが、安心して生きていける国になることだから、いいことなのだと思ってた。戦後70年、日本は豊かになって、福祉もいろいろ欠点はまだまだあるだろうけど、障害者が障害者だからといって即生きていけないという社会じゃない。
この発言をした長谷川氏という人は、71歳。公式の場でこんな発言をするということは、これは本心なんだろう。で、なんの問題もないと思ってるんだろう。(謝罪はしたけど)。この人にとって、”大切な命”には、障害者は少なくとも含まれない。

もしかしたら、大して考えも無しにした発言なのかもしれない。

東京新聞の朝刊『この人』欄に、今日、風船式に膨らむ緊急用の白杖を開発した、自身も先天性の病気で、30歳で全盲になった開発者が紹介されていた。記事によると、『小学3年で教科書が読めなくなったが、障害を認めたがらなかった両親は読める振りをするよう求め、白杖の存在も教えなかった。』とあった。(この人は中3の時についに両親と喧嘩することができて、白杖の存在もその時に知って、白杖のおかげで自由に外を歩けるようになったことがあまりに嬉しくて、通学路を何度も行ったり来たりした、と記事にあった)
この記事の両親のように、障害を持った家族を世間様から隠すのが当たり前の時代があったのかもしれない。
長谷川氏はそんな時代に育って、障害者に対する認識がそこから一歩も出てないだけなのかもしれない。(それゆえの無邪気な、あまりに無邪気すぎる発言だったのかもしれない。無邪気な子供の残酷さは、凄いからね。それと同じかも。71歳とか実年齢は関係ないのかも。)


長谷川氏のような人にかかったら、技術の進歩と生命倫理について、どこまで技術の利用が認められるのか、ものすごい時間をかけて議論することが、全く馬鹿らしくなってしまうだろうなあ。

”心身ともに健康な人たち”が、経済合理性に基づいた理想の社会の建設のために同じ方向を向いて邁進していく世界があるとしたらそれは、自分にとっては悪夢のような不気味な世界なんだけど、この人にとってはそれほど悪夢の世界じゃないんだろうなあ、と想像してしまう。
こういう人が芸術の理解者になれるのかなと、素朴に疑問に思ったんだけど、ユダヤ人に先駆けて障害者の絶滅も図ったナチスの指導者のヒトラーだって、画家のなり損ねだし、随分絵画を略奪して集めていたみたいだし、関係ないか。


この発言を問題なしとした知事も知事だけど、とりあえず、教育委員は、明日にでもやめていただきたいです。