アウシュビッツの元看守の裁判に関する記事を読んで

報道によると、アウシュビッツの元看守の93歳の老人の訴追について、身体精神とも裁判に耐えられると、ドイツの裁判所が決定したという。7月にも、アウシュビッツの元看守が、直接虐殺に関与したのではないけれど、仮に事務職にせよ当時収容所で行われていたことを知り得たはずであり、その職を選んだのは被告自身の意思によるのだから、ということで有罪判決を受けた。
1979年に、「ナチ犯罪に時効なし」の原則が確立したものの、具体的な虐殺への関与の証明の困難さから、ナチ時代の犯罪の訴追はなかなか難しかったみたいだけど、2011年にミュンヘン地方裁判所で出された判決が転機になったのか、ここ数年老齢の元看守を裁判にかける流れにあるらしい。

ポーランドの収容所で看守を務めていた被告による、虐殺への直接の関与は証明できなかったものの、看守でいたということ自体が虐殺への関与だとして、有罪判決が言い渡されたという2011年の ケース。


戦後70年たっても、ナチスの犯罪の追及の手を緩めないドイツを、ドイツは徹底していてすごい、だから隣国の信頼を勝ち得ているんだ。それに比べて、日本は未だに隣国と関係を修復しきれてない。と、そんな風にドイツと日本の戦争責任についての戦後の来し方を、単純に比べることはできないとは思う。
日本とドイツを比べて、なんだかんだ言えるほど知識があるわけじゃないけど、70年後の今、当時のナチの犯罪を裁判を通じて見つめ直すことは、たぶんとても意味があることなんだと思う。

7月に有罪判決を受けた94歳の被告は、極悪非道な顔つきをしてるわけでもなく、特にこれといった特徴もない普通の老人だった。一枚の写真しか見てないけど。
ホロコーストというと、映画などで描かれる文字通り冷血としか表現のしようのないSSの将校の姿や、生まれつきのサディストじゃないかと思うような看守などが思い浮かんだりする。けど、600万人とも言われるヨーロッパユダヤ人の大量虐殺は、ユダヤ人の定義をどうするかの会議から始まって、財産の没収、ゲットーへの閉じ込め、最終的に絶滅収容所へとつながる道は、会議室で描かれ、実際にそのシステムを動かしていったのは、淡々と日常の仕事をこなしていった普通の人たちだ。
7月に有罪になった94歳の老人は、強制収容所で実際に勤務していたひとだから、そこへつながるシステムの末端で働いていた、収容所など見たこともないような人とはまた違うかもしれないけど。
実際に虐殺に手を染めたわけじゃない、ただ与えられた仕事をこなしていただけだ、当時はそれしか選択肢はなかった。自分もそういう言い訳をしてしまうかもしれない、多分する。たまたまその時代、その場所に生まれていたら、システムの末端にいた大勢の人の中に自分もいたかもしれない。

実際にそこにいた人の姿を見て、その人を、今この同じ時代に生きてる人として感じることで、過去の出来事を現代の出来事につなげることができるような気がする。