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イエメンのユダヤ人の記事を読んで

先日、イスラエルの議員が、イエメンから脱出して、助けを求めてきたというイエメンのユダヤ人について発言したという記事を読んだ。イスラム教徒のふりをして、国から逃げてきたというイエメンのユダヤ人が言うには、彼らはフーシ派から、改宗するか国から出て行けと告げられたという。

フーシ派が、反ユダヤ主義シュプレヒコールを単にシュプレヒコールに過ぎないという扱いにとどまるか、本当の残ったユダヤ人にとっての脅威となるのか、専門家にも読めないという。

数十年前にはイエメンには、6万人のユダヤ人が暮らしていたけど、紛争や反ユダヤ主義などで多くのユダヤ人がイエメンから出て行って、今ではせいぜい100人くらいしか残ってないらしい。

イエメンのユダヤ人の歴史は古くて、遠くソロモン王の時代までさかのぼる。イスラムが起こってから、ポグロムの時代などもあったけど、イスラム教徒とは大体いい関係だったらしい。イスラエル建国後の反ユダヤ主義の騒動などで、数万のユダヤ人が、イスラエルによる魔法のじゅうたん作戦でイエメンから脱出したという。

その後、残ったユダヤ人はフーシ派支配地域である北部に比較的平和裏に住んでいたけど、2000年代に入って、フーシ派が反政府の戦いを始めてから、ユダヤ人はフーシ派から迫害を受けるようになり、サレハ大統領が、サヌアの近くのゲートコミュニティにユダヤ人を移して保護してきた、2012年に大統領職を追放されるまで。

フーシ派は、アメリカに死を、ユダヤ人に破滅をと、シュプレヒコールをあげるけど、フーシ派が言うにはそれはイスラエルのことであって、文字通りのイエメンのユダヤ人のことではないという。


空爆が始まる前だったと思うけど、イエメンに残ったユダヤ人家族の記事を読んだことがある。当初は何家族もいた集落だったけど、みんな国外に移住していって、今は一家族しか残ってないという記事。一家族といっても大家族だから全部で55人。
周りをイスラム教徒に囲まれて、襲撃されるわけではないけど、街に出るときは緊張感を持っていく、という空気の中での暮らし。
いい人もいるし悪い人もいる、とはいうけれど、ここを去りたくないと思う人は一人もいないという生活。
写真に写る集落へのゲートは、厚みを感じさせる頑丈そうな高い鉄扉だった。
集落で最後に残ったユダヤ人。記事の最後で、もうすぐイエメンには一人のユダヤ人もいなくなるだろうと、中の一人が言っていた。

 

逃げてきたユダヤ人の訴えを聞いたイスラエルの議員は、イエメンのユダヤ人を助けるために何ができるか、首相にも会うという。


いつだったか、以前にフランスで続いてテロが起きた時、フランスのユダヤ人のイスラエルへの移民申請が増加してるという報道を思い出した。
ここのとこパレスチナ人との衝突が相次いで緊張が高まってると言われるイスラエルだけど、ユダヤ人の最後の砦としての国でもあるんだなあと、思う。