パレスチナの記事を読んで

パレスチナ人の攻撃が止まらない。今月に入ってから、イスラエルでは、パレスチナ人によるイスラエルユダヤ人への攻撃が止む気配もなく続き、緊張が高まってるらしい。

報道によると、土曜日には、西岸で、3件のナイフによる襲撃がおきた。
1件目は、パレスチナ人の男がユダヤ人入植者を刺そうとし、反対に撃たれた死んだ。2件目は、若いパレスチナ人女性が女性警官に道を尋ねるふりをして刺して軽傷を負わせ、撃たれて死んだ。3件目は、パレスチナ人の男が兵士を刺し、やっぱり軽傷を負わせ、撃たれた。
同じ土曜日に、エルサレムでも2件のナイフによる襲撃が起きて、襲撃者は二人とも撃たれて死んだ。

ここ1ヶ月の間に8人のイスラエル人がパレスチナ人の襲撃で殺され、40人のパレスチナ人イスラエル人に撃ち殺されてる。19人は襲撃犯として、その他はイスラエルの部隊との衝突の中で。
エルサレムパレスチナ人地域には治安部隊が大量に投入され、検問所も強化されてるという。イスラエル政府は、銃の許可申請の要件を緩め、普通の市民も武器を手に取ってるという。
第3次インティファーダを心配する向きもあるらしい。

 

パレスチナによるイスラエルへの攻撃というと、投石や自爆テロという単語が頭に浮かぶけど、10月に入ってからよく見る報道は、多くはナイフを使った襲撃の記事だ。先日の公共バスの襲撃は、銃によるものだったけど。
で、大抵の場合犯人は狙撃され殺されてる。

組織的な比較的規模の大きな被害を狙うテロの形態に加えて、ネットのサイトなどに影響された(といわれる)個人による突発的なローンウルフ型テロが、世界規模で増加している、(その未遂も含めて)と言われてる。ローンウルフの犯人はそれまでの当局の警戒対象外だったりするから、なかなか効果的な防衛手段を取れないという。
パレスチナ人による一連の襲撃も、民兵組織とのつながりはなく、多くの事件では、ソーシャルメディアのメッセージに影響を受けたのではと見られてるらしい。

 

襲撃を実行する側は、もしかしたら撃たれて殺されるかもしれない(多分かなり高い確率で)と、わかっているはずだ。現に多くが殺されてるんだから。それでもやる。
銃の方が確実に殺せるだろうに、これまでの一連のほとんどがナイフによる襲撃というのは、襲撃者が銃を所持してなかったからなんだろうか。組織の背景がないというけど、銃すら持ってない?

ナイフで襲撃するためには、相手に近づかなければばならない。相手の体温や吐く息さえ感じられる距離まで。報道によると、土曜日の襲撃では、襲われた側はせいぜい軽傷を負ったくらいで、襲った側はみんな殺されてる。訓練を受けてる警官や兵士に対して、ナイフ1本で向かっていったのは、きっと人を襲撃することに慣れてない素人なんだろう。

 

ナイフによる襲撃は、何十人もの犠牲を出す可能性のある自爆テロなどに比べて、遠く離れた場所でその報道に接すると、事件そのものから受ける衝撃は少ない気がする。
けど、次から次へと、銃による反撃を覚悟して現れるナイフを持った襲撃者の存在は、もし自分がそこの住民だったらと想像すると、とんでもなく怖い。

イスラエルユダヤ人は、街を歩いて、アラブ人の姿を見かけるたび、もしかするとふっと恐怖を感じて、緊張してしまうのかもしれない。子供と一緒に歩いていたら、車道側から子供の手を引っ張って歩道側に移すように、アラブ人から子供をかばってしまうかもしれない。でも、その緊張感からの行為自体が、パレスチナ人との間の壁をさらに高くしてしまうのかもしれない。


50年占領されてる人たちの暮らしは、戦後の日本の記憶を持ってる世代なら想像することができるんだろうか。もしかして、沖縄の人には想像できるんだろうか。
平和な地域で、日常生活にシェルターの存在する生活などまるで想像もできない、普段から死を思うことなどまったくない中で暮らしている人間がいうことではないのかもしれないけど。
それでも、イスラエルユダヤ人を殺したって、何にもならないのに、と思う。自転車に乗ってる男の子を何人殺したって、相手は恐怖からさらに強硬な手段で対抗するだけで、それがまたさらなる襲撃につながる。


襲撃も、それに対する手段をとるのも、人の意思ですることなのに。