世界が変わるって言い方がもうお花畑って感じなんでしょうか?

報道によると、フィンランドで、宿舎に到着したイラクからの難民を乗せたバスに、ナショナリストたちが石や、煙の出る爆竹(サッカーの試合でファンたちが使ってるやつらしい)みたいなものを投げつけた、という。
バスには女性や子供も乗っていた。投稿された映像を見ると、道路の横幅いっぱいに”GO HOME”と書かれていたり、中にはKKKみたいな衣装を着た人もいた。爆竹(かどうかよくわからないけど、名前を知らない)は、爆弾のような音がして、女性の悲鳴らしき声も聞こえた。
乗っていたイラクの人たちが戦闘地域からの難民かどうかはわからないけど、もしそうだとしたら、中にいた子供たちはどれほど怖い思いをしただろう。多分、やっとの事で安全な地へと逃げてきたのだろうに。


ナショナリストって、辞書を引くと、国家主義者とか愛国主義者、民族主義者、国粋主義者ってでてくる。

先日東京新聞に載ってたけど、「政治的に保守かリベラルかは、生まれながらにして決まっている」ことが実験で明らかになったという紹介記事について書いてあった文章が載ってた。アメリカのバージニア大学所属の研究財団が主導したプロジクトだという。
実験は、被験者たちに、赤ちゃんの写真のような心地よい写真の中に死骸の腐敗や汚れたトイレなどの不快な写真を混ぜ、不快な写真を見たときの反応を脳スキャナーで測定。同じ被験者たちに、政治的なアンケートをすると、脳波の測定値と、アンケートの答えの間に95〜98%の相関があったという。
『不快な写真に強い嫌悪の反応を示す脳の持ち主は政治的に保守の傾向が強いと、ここでは結論付けられてる』
『不潔なものを嫌悪する情動は、そこからくる病原菌などを避けて生き残るために必要であるからこそ進化のプロセスで強化され、現代の私たちにも等しく受け継がれたのであろう。』
『「血」を強く意識したり、移民や外国人と混じり合って暮らすことを非常に嫌がったりする。リベラル派がいう外国との協調とか、新しい社会制度とか、移民の受け入れとか言ったことには激しい不安や拒否感を示し、強いリーダーに守ってもらいながら伝統や純潔を保つことに最大限の望みを見出す。臆病とでもいうべきある種の「潔癖さ」が、彼ら彼女らの思想や行動の根幹を作っているように見える。』とあった。
と言っても生来の傾向だけで決まるわけでもなく、『学習によって身につけられる「知」というものを人間は持っていて、政治的な思想や行動は、いずれもこの「知」をフィルターとして発現してくる』そうです。

潔癖さを求めるのは生き延びるために進化上の必要から、人間の体に染み込んだ傾向なんだとしたら、そこからくる恐怖も、もうどうしようもなく身体と脳に染み付いたものなのかもしれない。恐怖の感情って、一回気づいてしまうと自分でコントロールするのは、すごく厄介なんだとは思う。

保守の人たちの根底に潔癖さへの指向があるなら(”知”のフィルターを通すというならみんながみんなそうではないと思うけど)、リベラルは潔癖さには比較的テキトーってことですかね。

シリアからの難民の受け入れ数を大幅に拡大したアメリカでも、やっぱり受け入れ反対って人たちはいるみたいで、その理由の一つには、過激派が審査をスルーして紛れ込んでくるのではないかというのもあるという。イスラム国のテロを見てると、過激派としてマークされてるような人より、ノーマークの普通っぽく見える人たちが起こす、ローンウルフ型が目立つような気はするけど、紛れ込みが怖いという理由はアメリカだけのものではないみたい。

中国の海洋進出にしても、尖閣を獲ったら次は沖縄、本州とやってくるみたいな話をネットで見たりする。本気で心配なのかなあと思うけど、多分そんなのは現実を知らないお花畑、という返しがきそうな気もする。ネットや新聞などで読んだり見たりした印象だから、いい加減かもしれないけど(一応エクスキューズいれとこ)、強硬派、保守派と言われる人たちは、自分たちは現実を知ってるリアリストで、例えば今回の安保法制に反対のような人たちは、世界の現実を知らない平和ボケだ、という見方をしてるように感じる。
自分に関して言えば、確かにそういう面もあるかもしれない。
でも、もし、世界中の保守派、強硬派と言われる人たちが、現実派というレッテルをとりあえずいっぺん取り払って、自分の中にあるかもしれない恐怖を見つめて、乗り越えようとしたら、世界は変わるような気もするんだけど。