子供にお詫びをするべきだとは言わないけど、お詫びしなきゃいけないようなことをした日本人の子孫であることはわかってなきゃいけないとは思う

明日は8月15日。

安倍首相の戦後70年談話というのが発表された。”侵略とお詫び”を入れるのかどうかってことに、事前の注目が集まっていたらしい。安倍首相は以前から、侵略の定義は定まってないとか、村山元首相の個人的歴史解釈に縛られるのは如何なものかみたいな発言を繰り返し、それはつまり、あえて自分から”侵略とお詫び”という言葉に注目を集めてるんじゃないかと思ってた。

談話発表の途中から聴き始めたから、”侵略とお詫び”が言及されたのかどうか、そこのところは聞き逃した。女性の人権とか積極的平和主義とか、”未来志向”という部分から聞いたんだけど、おっしゃることは「ごもっとも!!」としか言いようがないんだけど、なんで左から右に抜けてしまうんだろう。どこに焦点があるのかよく分からない。盛りすぎ?

今日は、日本テレビで『火垂るの墓』を放映する。観ない。
辛くなってしまうのがわかってるから観ない。

夕方のテレビで、特攻隊の特集をやていた。基地で通信関係の仕事をしていた女性が、特攻兵について語っていた時、特攻兵から、ツーという電信音が途切れた時、それが最後の時だからと言われた、と話した後、言葉を飲んで、ちょっとの間の後、「戦争は嫌です」と一言語った。もう70年も昔のことなのに、一瞬その時代に帰ったかのような表情だった。この女性には、”辛いから観ない”なんて選択肢はありえないんだと思う。

安全保障関連法案の審議があって、戦後70年という節目の年でもあって、この夏は例年より”戦争と平和”について考える機会が多いような気がする。戦争の犠牲者のことを考える機会も多いのだけど、実際に経験しているわけではないから、嫌でも浮かんできてしまう記憶などは当然ない。だから、辛いから観ないなんて平気で言えるんだろうと我ながら思う。申し訳ない、と思う。