ゲームチェンジャー

イスラム国との戦いで、アメリカや他の西側諸国から、もっと協力してとせっつかれていたのに、渋っていたトルコが、その姿勢を変えたと報道されていた。
24日には、トルコ軍がイスラム国のシリアの拠点3箇所を爆撃したと朝刊に載っていた。
リクルートされた外国人や、物資が、トルコとシリアの国境から、イスラム国側に入るのを、トルコの消極的な姿勢もあり、なかなか止めることができなかったらしい。

24日には、トルコで大規模な摘発があり、297人が拘束された。イスラム国の関係だけでなく、非合法のクルド労働者党の関係者なども含まれてるらしい。


何ヶ月も交渉してきた、イスラム国攻撃のためのアメリカの戦闘機の、トルコ国内の空軍基地の使用も、許可されたという。距離的にも今までよりずっと便利になるらしい。

国境も締めて、空爆も容易になり、なかなか成果の出なかったイスラム国との戦いの趨勢が変わるかもしれないと期待が寄せられてるみたいだ。
で、オバマ政権の高官の一人は、ゲームチェンジャー、と表現した。


潮目が変わるかもっていうような感じだと思うんだけど、ゲームって言葉を使うんだ、と、引っかかってしまった。
ゲームばっかしてないで少しは勉強しなさい、っていうゲームじゃないのはわかるけど。外交のゲームとか、日本はそのゲームのプレイヤーじゃないとか、確かに見聞きはする言葉ではあったけど、なんだか、今日は引っかかってしまった。


今日の朝刊には、鶴見俊輔さんが、20日死去したことが24日にわかったと、いう記事も載っていた。で、コラム欄に鶴見さんのことが書かれていた。
太平洋戦争中、南方の戦地に送られた鶴見さんは、『そこで、彼をさいなんだのは、「殺される側ではなく、殺す側になるかもしれぬ」という恐怖だったという。』『鶴見さんが最後に目指した理想とは、「私は人を殺した。人を殺すのは悪い」と一気に言い切れるようになることだったという。』(東京新聞7・25)

 

鶴見さんとゲームチェンジャーが、どう繋がるってわけじゃないんだけど、なんとなく引っかかったふたつの記事でした。