自覚した平和ボケです 多分

たまたま読んだ南スーダンの新聞記事に書かれてた、子供達に対するひどい暴力が行われている状況 に、人間はどこまで残虐になれるのか、なんて、言葉すら綺麗事のように思えてきて力が抜けてる。


今月18日に、国連難民高等弁務官事務所が発表した統計によると、2014年は紛争や迫害で家を追われた難民や国内避難民は約6000万人となり、第二次大戦後最悪の水準に達したという。

世界のどの地域に難民が暮らしているのかを、難民の数を円の大きさで表した地図でみると、中東に大きな円が重なり合うように集中していて、アフリカでは、大陸全体にパラパラと小さな円や大きな円が散らばってるように見える。

中東とアフリカ大陸を中心に据えた世界地図を見ると、中東・アフリカ大陸とヨーロッパは、なんて近くにあるんだろうと今更ながらに思うし、日本は、本当に大陸の端っこで、極東そのものなんだと思う。

世界の真ん中に戦乱が集中してる地域がある(難民避難民が集中しているということはそいういうことだと思う)一方で、世界の端っこで、戦後70年、平和ボケと言われるほどに、平和について考えることもなく暮らしてきた。


戦争のできる国、っていう言葉をここのところよく見かけるけど、なんとなく引っかかるものを感じる。否定的に引っかかるわけではないんだと思うけど、この言葉が入ってる文章を読むと、そこのとこで、一旦ちょっと止まってしまう。
日本が密接な関係にある他国の筆頭であるアメリカにとっては、戦争ができるとかできないとか、そんな発想すらないような気がする。
それほど平和ボケと言われればそれはそうかもしれないとも思う。でも折角70年それでやってきて、今起きてる世界の真ん中の紛争とは、とりあえず距離があるという幸運 な場所にいるんだから、会期を延長したと言っても、たかだかあと2、3ヶ月で、進路の大転換を決めるなんて、無理。

っていうか、あと2・3ヶ月で決めなければならないほど切迫した安保環境にいるとはどうしても実感できない。自衛隊に守ってもらおうと思ってるんだけど、足りないんだ。