”移設”じゃなくて”新規に建設”なんだって今更気付いた 間抜けなことに

官房長官と翁長沖縄県知事が5日初めての会談をする。今日は米軍の西普天間住宅地区の返還式で初顔合わせをした。会場では握手をしたものの壇上では互いに視線を合わせることがなかった、と朝刊の記事にあった。添えられた写真では、出席者に挨拶してるらしい知事の後ろでそっぽを向いてる官房長官が写っていた。たまたまのカットかも知れないけど、大人気ない一枚。

東京新聞は沖縄の基地の問題を他の大手新聞に比べて良く取り上げて頑張ってるらしい。(東京新聞の購読に変えて以来、他紙を読んでないからよくわからないけど)
で、沖縄の記事は特集とか特に、なるべく読むようにしてる。

沖縄に日本中の米軍基地の約70パーセントが集中してるってのはおかしいと思うし、沖縄戦のことを書いた記事や本を読むと、余計にそう思う。
ただ、普天間移設に関しては、過去のいろんな事件や、周辺の子供達の環境を考えると、とにかくまず危険を除去しなければならないんだろうと、思ってた。
でも、そう思う一方で、そんなこと百も承知の沖縄の人たちが、この間の選挙で辺野古移転に反対の民意を示した(官房長官はそれだけが争点じゃないとか言ってるけど、多分そんなこと言ったら、選挙って本当になんのためにあるのかわからない。”成熟した”社会での選挙って、考えると意味がよくわからなくなってくるんだけど)って事を、どう受け止めたらいいのかよくわからなかった。
辺野古に新設される基地は埋め立ての規模から推測してもかなり大規模なものになるというようなことをどっかで読んだのも引っかかってた。

で、今日、官房長官と翁長知事の、会談前のジャブの打ち合い的な記者団への説明の記事を読んで、そうだったのか、と納得がいった。
辺野古の基地を、移設の結果と見るか新規の建設と見るか、そのどっちかだったんだ。そんなこと、今までずっといろんなとこで見てきて、多分東京新聞で読んでた記事でも書いてあったことなんだけど、今日はじめてストンときた感じがする。

危険性の除去、多分この移設交渉が始まった時にとにかく目指したことで、今も当然目的としてる。それが”普天間移設”ってことで、それは”辺野古の新基地建設”と必ずしもイコールではないんだということに、今日改めて気づいた。
わかってる気でいて、実はなんもわかってなかったんだなあ、ということがわかった。

でも、アメリカの立場から見たらどうなんだろう。ここまで時間をかけてきて、今更何言ってんだって、(此の期に及んでって、官房長官じゃなくて、アメリカがいうのはわかる気がする)アメリカが言ったら、それはそうですね、としか言いようがないけど。
沖縄は別として、自分に関係ないことだからと、今まで先送りしてきた本土の問題なんだろう。沖縄だけじゃなく日本国民の総意になったら、政府も覚悟を決めてやり直すことができるんだろうか。それとも、それじゃあ、12歳の子供のままだよって言われちゃうんだろうか。