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「イスラム国」とパスポート返納

時事っぽいこと

シリア渡航を計画していたフリーカメラマンが、パスポートの返納を命じられた。という報道がされた時、ただ、シリアへの渡航を計画しているフリーカメラマンとしか聞かなかったので、最初に感じたのは、『イスラム国』の支配地に今行くのか。報道の自由って言ってもなあ、わかんない。

今日の新聞記事を読むと、
『杉本さんは、過激派「イスラム国」の支配地域に入るつもりはなかったと説明。「事前に隣国で情報収集し、安全確保できなかった場合はシリア入国そのものを断念することにしていた。命令は乱暴だ」と批判した。』
菅義偉官房長官は9日の記者会見で「海外渡航する日本人の安全確保は政府の重要な役割。ギリギリの慎重な検討を行い、判断した。旅券を返納させることはある意味で国の責任だ」と命令の正当性を主張した。』
東京新聞 2015・2・10)

紛争地帯での取材と、取材者の生命の確保の両立。今までたいして考えたことがなかったのに、すぐにどうこう言えるような問題じゃないのはわかる。報道される結果を受け取るだけの立場だけど、それでも、難しい問題なんだろうなと思う。
現場で、常に判断をせまられる取材記者にとっては、自分の命をかけることだし、そうやって取材されたモノを使う側にとっても、結局は他人の命と報道価値とを天秤にかけることになるんだから、恐ろしい判断をしなきゃならないんだろう。
それでも、ギリギリ安全を確保して、(結果的に間違うことがあるかもしれないけど)報道をしてくれる。
紛争地帯に向かうジャーナリストが、ただ使命感だけで行くのだとは思わない。
けど、そうやって、命をかけてくれる人たちがいるおかげで、世界のどこかで現に今起こってることを知ることができて、多くの人が知ることで、何かが動くことにつながるかもしれない。

知らなければ起こってないことと一緒だし。

今回のパスポートの返納命令が妥当かどうかはわからない、難しくて。ただ、なんとなく嫌な感じがする。たぶん、『日本人の安全確保』だけが理由じゃないような感じがするからだと思う。キャパの頃には、取材者が判断を誤ったら、ただ死ぬだけだった。ただ死ぬだけっていう言い方はひどいと、自分でも思うんだけど。撃たれるにしろ、地雷を踏むにしろ、空爆されるにしろ。

でも、「イスラム国」のような組織相手では、取材者個人が死ぬだけってわけにはいかなくなってしまった。
なんだか、国の本音、国益を損なうな、って感じの声が聞こえてきたようで、嫌な感じがしたんだろうと思う。