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突然、イエメンについて一夜漬けしてしまった 特に意味ないけど

地理は嫌い、という子供に、地理は大事だよとか言いながら、一昨日までイエメンがどこにあるのか、正確には知らなかった。場所どころかイエメンという国については、聞いたことがあるっていうくらいで、ほとんど何も知らなかった。
先日、朝刊で読んだのと、その日のうちにガラッと変わった状況が報道されたのを読んで、ちょっと興味が湧いて、記事があったら続いて読んでみようかなという程度なんだけど、とりあえずすぐ忘れてしまいそうなので、わかったことを書いておこう。

イエメンの歴史は古く、紀元前には、インドと地中海、東アフリカの貿易の中継地として繁栄し、古代ギリシャ、ローマ人から「幸福のアラビア」と呼ばれていたらしい。
9世紀になるとザイド派イマーム宗教的指導者)による支配があり、16世紀頃から北イエメン地域がオスマントルコに支配された。でも、イエメンは遠くて、実際はザイド派イマームによる支配がされていたらしい。

1839年には南イエメンを英国が保護領とした。
南のアデンという都市は、スエズ運河からインド洋へと抜ける紅海の要衝で、大英帝国の拠点の一つとして、繁栄した。大英帝国保護領として繁栄した南。ここから、「進んだ南、遅れた北」という図式になったらしい。

1918年、北イエメンオスマントルコから独立し、イマーム王国が成立。その後1962年には革命により、北は共和国となった。(イエメン・アラブ共和国

南は1967年に英国から独立。(イエメン民主人民共和国)

冷戦時代には南北で度々衝突したけど、1990年に統一し、現在のイエメン共和国が成立した。   

2011年、アラブの春の流れの中で、イエメンでも学生の運動から反政府運動が起こり、北イエメン時代から30年以上政権を維持したサーレハ大統領が退陣した。
その後、アラビア半島のアルカイーダ、ザイド派のホーシー派、南部運動(南部の独立を主張)が勢力を拡大している。     (主として外務省のウェブサイトから)

先日の報道で大統領はじめ内閣を辞任に追い込んだのは、ホーシー派の勢力。彼らは、イスラム教シーア派のなかのザイド派で、教義としてはスンニ派に近いものらしい。否定はしてるけど、資金的に、同じシーア派のイランに援助されてると言われている。武力というよりは資金力で、台頭してきたらしい。
「アメリカに死を  イスラエルに死を』というスローガンの反米集団だけど、スンニ派のアルカイーダと対立してる点では、アメリカの側で、ケースバイケースだけど、アメリカの対テロ作戦が、すぐさま混乱するってことはないという楽観的な見方もあるらしい。

なんか、一夜漬けしてるみたいな気分。