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一旦始まったら、多分諦め気分が普通になってしまう気がする

戦争は外交の延長っていう時の、戦争と、空襲や戦場での戦闘体験者が「戦争は絶対ダメです」という時の戦争は、全く別物なんだろう、と最近ようやく気づいた。

 

69年前に敗戦した太平洋戦争の体験者の体験談を読んだり、見たり、聞いたりすれば、誰だって、戦争は嫌だと思うだろう(人を殺すのに快感を感じるような人は別として)
国民の財産と生命の安全を確保するのが国の最大の役目だとすれば、ここでいう戦争になってしまったら、それは即外交の失敗じゃないかと思う。

 

世界各地で現に今紛争は起きていて、生死の狭間に立たされている人たちや、故郷を追われて難民となってる人たちにとっても、その状態を外交の一手段として考えるなんてとんでもないことだと思う。

 

「戦争は外交の一手段」何年か前、テレビの討論番組などで、自民党の議員がよくそう言っていたのを聞いた覚えがある。クラウゼッツの戦争論の、この部分だけは、よく引用されるから、聞いたことはあるけど、読んだことはない。

 

地球儀を俯瞰する外交、積極的平和主義、日本をもう一度世界の真ん中へ。

使える手段や材料をたくさん持っていれば持っているほど交渉は有利になるのだろうから、”戦争”っていう手段も選択肢の一つとして持っていたいんだろう。