吉祥寺の個人的な思い出

住みたい街ランキングとかやると必ずと言っていいくらい上位に入ってくる吉祥寺。ハモニカ横丁とかも、よく夕方のテレビ番組なんかで取り上げられることがある。

吉祥寺は近くに井之頭公園があって、今は東急だけになってしまったけど、デパートもあって、普段着でも気後れしないし、歩いて回れるサイズの街だから、何につけても丁度いい感じがするのかもしれない。

吉祥寺駅から井之頭公園の方へバス通りを進んでいくと、割と大きな(多分カトリックの)教会がある。その手前のマンションでやってた教会のバザーで、子供の頃、いろんな国の切手を買ったことがあって、今もそれは手元にある。そのマンションの一階に、一度も行ったことがないけど、アフガニスタンバザール(名前は確かじゃない)というお店があって、いつも綺麗な色の衣装が店先にかかって、変わりなく存在してるのを前を通りかかかった時に見ると なんとなくホッとする。アフガニスタンという名前を知ったのはその店からだ。子供の頃のアフガニスタンのイメージは、その店の綺麗な色合いの衣装だった。

大人になっても、アフガニスタンと聞くたびに、たとえどんなニュースや話の中で聞いても、そのイメージが、ポッと浮かんでくる。

吉祥寺の東口からサンロードの方へ抜けるのに、駅の下の通路を抜けていく。お店が並ぶ中を抜けるので、通路通路してないけど。子供の頃、吉祥寺にくると、大抵、この通路には、白い衣装をつけた、傷痍軍人さんがいて、アコーディオン(?)で音楽を奏でてた記憶がある。誰かが立ち止まってるのを見たことはなく、傷痍軍人という言葉も知らず、その存在は、不思議で少し怖いものだった。

親が生まれたのが終戦の前の年だから、戦争も大分たって生まれた。当然戦争の記憶は全くない。多分その白い衣装と、普段は聞いたことのないメロディが、間接的かもしれないけど、戦争のイメージの初めてのものなんだろう。で、未だに覚えてるのだから、その時は子供心に強い印象を与えられたのだろうと思う。

引っ越してだいぶ経つので、今はたまにしか行けないけど、その通路を通る時何回かに1回は、その白い衣装を思い出す。