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アイヒマンの副官の記事を読んで

元ナチのお尋ね者アロイス・ブルンナーが、少なくとも4年前にシリアで死んだとナチハンターが語ったという記事が12月1日付ニューヨークタイムズ紙webサイトにでてた。

記事によると、4年ほど前にドイツ情報機関によりその死の情報がヴィーゼンタールセンターに知らされていたが、シリアの内戦のために確認できなかったらしい。
ブルンナーは、オーストリア生まれで1931年ナチに入党し、1939年から1943年まで、ウィーンのユダヤ人移送の中央事務所を率いていた。ホロコーストの設計者の一人アイヒマンの”右腕”として128,500人ユダヤ人の移送に責任があると言われている。1954年にはフランスで欠席のまま裁判され、死刑判決が出されている。

1950年代からシリアで生活し、前シリア大統領Hafez al-Assad
にテロとセキュリティについて助言してたらしい。1985年のドイツ紙のインタビューで、彼は、後悔してるかと問われ、ユダヤ人をもっと多く殺せなかったのが唯一の後悔だと答えた。
反ユダヤ主義で、サディスト、狂信的なナチだったらしい。

このwebサイトを見てると、時々ナチ関連の記事が載る。ナチによるユダヤ人大虐殺というと、アウシュビッツ、ガス室、を連想するけど、ナチは一足飛びにガス室にユダヤ人を送ったわけではなく、階段を登るようにユダヤ人問題という勝手に問題化した問題を解決していったようだ。

最初にユダヤ人とは何かを定義し、職を追い、財産を没収し、ゲットーに囲い込み、そして最終的解決へ。
全てが淡々と効率的に進められた、殺害方法も、銃を使った殺害は実行者に負担がかかるばかりでなく、効率が悪いからと改良(!?)されて、最終的に固定のガス室へ。 

ブルンナーも、ユダヤ人移送センターの責任者として、オーストリアから47000人、ギリシャから44000人、フランスから23500人、スロバキアから14000人のユダヤ人を移送するのに貢献したらしい。(記事によれば)職務に忠実に励み、結果を出し、きっと評価もされたのだろう。1943年に彼がパリ近郊のドランシー収容所 の責任者になってから、「囚人のコンディションは急速に悪化した」との証言もある。

もっと多くのユダヤ人を殺せなかったのが唯一の後悔、という発言が本当に理解できない。単純に疑問なのは、どうしてそこまでユダヤ人の特定の誰かではなく、”ユダヤ人”という定義でくくられる集団を憎めるのかということ。憎むという感情ではないのかもしれないけど。感情ですらないのかもしれないけど。
128000人のユダヤ人を殺したといっても、ブルンナーが一人一人実際に手を下したのではない。彼が実際に自分の手を汚して人殺しをしたことがあるのかどうかもわからない。もっと多くのユダヤ人 を殺すといいうのも、実際には銃を持ち出すのではなく、書類にサインをする、というような作業なのだろう。

権力ってのはそんなもんなのかな。