バノン氏の発言を見て

北朝鮮金正恩氏が、アメリカの行動をもう少し見守ると発言したことを受けて、16日(水)トランプ大統領は「金正恩委員長はとても賢い決断をした」とツイッターに投稿したという。
ここのところの報道を見てると、なんとなくミサイル発射はなさそうな印象を受けるけど、北朝鮮が核を諦めない限り危機は続くんだろう。

とりあえず21日からの米韓軍事演習で、北朝鮮がどう出るかが当面の焦点らしい。報道によると、演習中止と引き換えに核・ミサイル実験の中止を北朝鮮に求める案を示してる中国の演習中止の求めを、アメリカは即座に拒否したという。
演習に関しては、17日、ダンフォード統合参謀本部議長が、北朝鮮が非核化と弾道ミサイル試射中止に踏み切るなら、演習の規模を縮小し得ると述べたという。

今日は、中国・四国地方の202の市町村などで、Jアラートの送受信訓練も行われたという。

米朝間の緊張の高まりの中で、韓国の大統領は、「戦争が起こるのを防ぐためにできることは何でもする」とも述べたというけど、日本の首相はどうなんだろう。


12日午前「国民の生命と財産を守るために最善を尽くす」
14日午後 4県知事と会談 「県名を挙げ、弾道ミサイルを通過させると発表したことは言語道断だ」「まずは、北朝鮮に許し難い挑発行為を実行させないことが重要だ」「高度な警戒態勢の下、ミサイル防衛体制をとっている。国民に被害が出ないよう最善を尽くす」
15日午前 トランプ大統領との電話会談(約三十分)後、「グアムへのミサイル発射予告は地域の緊張状態をかつてなく高めている」「トランプ大統領の同盟国の安全に対する関与を高く評価している」
ネットでは、安倍須の発言はこれくらいしか拾えなかった。


15日の安倍首相とトランプ大統領との電話会談でも、日米、日米韓で緊密に連携を取りながら、中国、ロシアをはじめ、国際社会と協力してミサイル発射を強行させないことが最も重要との認識で一致、安保理の制裁決議の厳格な履行を各国に働きかける方針を確認したという。


17日(木)に行われた日米の2プラス2では、日米同盟の強化で一致、アメリカは核兵器を含めたあらゆる戦力で日本の防衛に関与することを確認、日本は自衛隊の役割を拡大していくことで合意、したという。北朝鮮のミサイル問題については、北朝鮮に最大限の圧力をかけ続けることで一致したという。
2プラス2後の記者会見で 、マティス国防長官は、日米や韓国の領域にミサイルが発射されれば「撃ち落とす為の具体的行動を直ちにとる」と語ったという。
以前の発言では、グアム周辺の海上に落ちた場合については明言を避けてたみたいだけど、結局は撃ち落とすということなのかな。


10日の会見で菅官房長官は、日米同盟の抑止力、対処力の一層の強化という言葉を述べた。トランプ大統領のツイッターでの「炎と怒り」発言については、地域の安全保障環境の厳しさの中、米国の抑止力確保の重要性を強調し、トランプ大統領の、すべての選択肢はテーブルにあるという姿勢は歓迎してる、という反応で、この発言に対する直接的な言葉はなかったみたいだ。

15日の会見で菅長官は、ティラーソン、マティスは対話に応じる用意があると言ってるけど、日本政府が対話に応じる最低条件は、という質問に、日米は常に連携してると答えた。
アメリカが北朝鮮と戦争すると決めたら、とんでもない被害を受けるのは韓国と日本なんだと思うけど、その決断にどれほど関与できるんだろう。
「国民の生命と財産を守るために最善を尽くす」と首相は言ってるのだから、戦争を回避するために最大限のことをするんだろうけど、日米同盟の強化一辺倒に思えるような言葉を見てると、結構不安になってしまう。


ここのところ政権内で立場が危ないと言われてるらしいスティーブン・バノン主席戦略官は、16日掲載のニュースサイトのインタビューで、北朝鮮問題について[「軍事的な解決はない。忘れるべきだ」と強調。「(軍事作戦開始後)最初の30分間で1000万人のソウル市民が通常兵器による攻撃で犠牲にならない」 と証明されない限り、軍事的手段は排除すべきとの考えを示した。](ロイター)という。
バノン氏の政治信条がどうであれ、ここのところの北朝鮮問題で報道されてきた、いろいろな人たちのいろんな発言の中で、この言葉が一番納得できた。

韓国大統領の発言の記事を読んで

報道によると、韓国の文在寅大統領が、15日(火)、全国放送の演説の中で、北朝鮮のミサイル問題について「どの国も韓国の同意なしに朝鮮半島で、軍事行動は起こせない」と、米国を念頭にした発言、「戦争が起こるのを防ぐためにできることは何でもする」とも述べたという。

NYタイムズの記事によると、韓国では、ここのとこのアメリカの指導層から発せられる、戦争の可能性についての無責任に思われる発言の数々に多くの人が怒りを覚えているという。特に、共和党のグラハム上院議員の、「もし数千人が死ぬとしても、死ぬのは海の向こうだ。こちらでは死なない。」という発言は広く報道されたらしい。

戦争が始まったら、限定的なものでは済まない可能性が高いみたいだし、韓国、日本は多大な犠牲を払わなければならない(特に韓国)ことを考えると、戦争は避けなければならない選択肢だったはずなのに。

本音のところでは、このように考えてるアメリカ人もいるのだと思うと(少数なのか多数なのかわからないけど)、とんでもなく怖い。なんて勝手なんだろうと腹が立つ一方で、沖縄のことを思うと、腹を立てる資格さえないような気もしてくる。自分も押し付ける側なんだと、わかっていたつもりだったけど。


NYタイムズ紙の北朝鮮関連の記事を読んでいて、Japanという単語が出てくることは、ここ数ヶ月ほとんどなかったと思う。(と言ってもウェブサイトのトップページに載るような記事をここ数ヶ月読んでるだけだから、かなり限定的な範囲での話だけど)
それがここのとこ、結構出てくる。北朝鮮による立て続けのミサイル実験で、アメリカ本土まで届く核ミサイルの完成時期の予測がどんどん短くなり、アメリカの軍事行動の可能性に触れる記事を見かけるようになってきてからだと思う。
朝鮮半島で戦争が起きた場合、犠牲が出る国として韓国に続いて、日本の名前が挙げられる。
そういう記事を読んでいると、北朝鮮問題は、あくまでアメリカと北朝鮮の間の問題であり、日本は軍事行動があった場合に多大な害を被る国としてしか存在しないみたいな気がしてくる。アメリカの新聞だからと言えば、それはそうなんだけど。

 

そもそも存立危機事態ってよくわからない

グアム島周辺海域へのミサイル発射計画について説明を受けた金正恩氏が、計画実行の前にアメリカの行動をもう少し見守ると発言した、と北朝鮮の国営メディアが15日(火)に報道した。
これは、今回のグアム危機が回避されたことを意味する発言なのかどうか、よくわからないんだけど、見守る、と言ってるんだから直ちに発射されるというようなことはないんだろう、多分。
先週8日(火)のトランプ大統領の「炎と怒り」発言から始まった(ように見える)今回のミサイル発射問題で、アメリカにとっては、最後の手段だとしても軍事オプションはちゃんと選択肢に入ってるんだと、当たり前のことなのかもしれないけど、あらためて実感した。


今回のグアムミサイル危機(まだ終わったのかどうかよくわからないけど)の中で、10日(木)にはもう集団的自衛権行使によるミサイル迎撃の話が出てきて、それに関して論争がわき起こるのかと思いきや特にそんなこともなく、そのままになってるみたいなことに、なんだかとても嫌な感じの違和感がある。

今朝、羽鳥さんのモーニングショーに出演した、森本敏防衛大臣は、北朝鮮の今回のミサイル問題について、グアム周辺の公海に落下した場合には、米国の自衛権も発動されないし、日本が集団的自衛権を発動することもないといっていたけど、領海に落ちた場合についてはどうなんだろう。
14日(月)マティス国防長官は、国防総省で記者団に「もし彼らが米国にむけて発射すれば、あっという間に戦争へとエスカレートする可能性がある」と発言。でも、海上に落下した場合どうするかは、明言を避けたという。
米国の監視システムは発射後数秒で陸地に着弾するかどうか軌道を予測できるとも発言したという。


小野寺防衛相は「日本の安全保障にとって、米国の抑止力、打撃力の欠如は日本の存立危機に当たる可能性がないとは言えない」という説明をした。
もしミサイルが発射されて、米国がグアム島に着弾するという予測を出したら、政府はどうしたんだろう。
グアム島の米軍基地への攻撃を、「日本の安全保障にとって、米国の抑止力、打撃力の欠如は日本の存立危機に当たる可能性」に結びつけて、ミサイル迎撃を実行したんだろうか。


今日は終戦記念日沖縄戦があり、2発の原爆を落とされ、本土決戦も叫ばれていた72年前の夏には、日本は本当に存立の危機にあったんだと思う。
72年後の今、日本の存立は本当に危ういバランスの上にかろうじて成り立ってる状況なのか、単に戦争経験者がいなくなっていく中で人がヤワになって存立危機のレベルが下がってしまっただけなのか、どうなんだろう。

ハイキュー!! 27巻 繋がれるチャンス 感想

春高、烏野高校の1回戦、第1セット1・3から試合終了までの9話分が収められている。
試合前、今は緊張していないとえらく冷静だった影山が、立ち上がり、今までにない巨大な会場の高さに適応するために、第1セットの半分くらいを費やすエピソードから始まる。
公式戦でこんな調整を強いられるのは多分初めてのことだし、どうなるかなあと若干心配していたけれど、影山はいたって冷静で、1本1本トスをあげるたびに微調整を繰り返していった。烏野としてもそれは了解済み事項だったみたいで、チームメイトも落ち着いて対処していた。

2年連続出場の相手チームは、初出場時の”気がついたら帰りのバスの中”状態は絶対繰り返さないという気持ちでまとまってるみたいで、最後まで諦めないプレイを続けてた。

今はあまり使われない珍しいプレイとかもあったけれど、結果としては、危なげなく終わらせた試合、という印象が残る。月島も日向も積極的に使いつつ、決めるところはエースの旭さんがキッチリ決めるという感じで、本当終わってみれば危なげない試合。田中さんは、打つ方で決めるというより、つなぐ方で目立っていたかもしれない。

初出場にもかかわらず、烏野のメンバーは、終始落ち着いていたように見えた。日向に至っては、青城との最初の練習試合でビビリまくりだった頃の面影などまるで無く、春高の1回戦と言うより地元で練習試合でもしてるのかというようなノリだったように思う。怖いものなしの日向よりも、ビビリながらも決める日向が結構好きだったから、その辺はちょっと残念な気もする。
何れにしても、キッチリ決めた点差通りの試合、っていう感じがする。烏野メンバーの試合後の喜び方も、そんな感じだったし。

体育館のサイズに適応するまでは、影山くんのモノローグも適宜描かれていて、このままいけばいいなあと思っていたんだけど、なかなかそうもいかないみたいだ。

ここのところの試合の場面を読んでいる時よく感じるのは、まるでテレビの画面で試合を見ているようだなあということ。特に春高は、テレビ中継用のアナウンサーと解説者も登場するから、一層その印象が強くなった気がする。

もう少し戦ってる選手の心の動きを選手自身の言葉で語る場面があってもいいのになあ、と思う。
相手校の選手については、わりと丁寧に描かれていることが多い気がするんだけど、烏野サイドの特に主役級の人物の心の動きがよくわからない。
第234話「アジャスト」で、コート上の空間を3次元座標軸で分割して表したコマは、モノローグなどはなくても、影山くんの空間認識のイメージが分かりやすく伝わってきて、かっこ良かったんだけど。

 

 

 

「ちはやふる」35巻 感想

久々に読んで、真島太一くんの変貌ぶりにちょっとびっくり。そういえば、周防名人についてカルタをやっていたんだと思い出した。

瑞沢で部長をやっていた頃の太一は、カルタにも仲間にも勝負にも、真正面から向き合っていたように思っていたけど、今回は人が変わったようだ。カルタという競技に向き合うというより、何か科学の実験でもしてるような、対戦相手は実験の観察対象でしかないと見ているような態度だ。そんな太一を対戦相手は「悪役」で相手に「カルタをやりたくなくなる」気にさせるといった。
太一自身は、そんなカルタを、楽しんでるみたいだ。見ようによっては気負いが取れて、とても良い状態でカルタを取っていると言えないこともないのかもしれないけど、どこまでこのままいくんだろう。

今回は、作中の原田先生の言葉の通り、千早、太一の試合を中心に出場者一人一人のカルタにかける思い、育ててもらった立場から育てる立場へと繋がれる思いなどが丁寧に描かれている。
「君たちは自分たちが主役の物語を生きてると思ってるだろう?ちがうよ」「輝いている君たちでさえも誰かの物語の一部分だ」という原田先生のモノローグが印象的だった。
ちはやふる」は、終始一貫、先生のこの言葉通り描かれていると思う。たとえちょい役(漫画の登場人物にちょい役とは言わないのかもしれないけど)でも、その人の背景が想像できるような描かれ方をしてる。

 

太一はずいぶん変わったけど、今回出番がほとんどなかった新くんはどうだろう。
「悪役」としての太一と新の対決が(あるかどうかまだわからないけど)楽しみかも。

 

PAC3を空白地帯へ、の記事を読んで

「空白地帯」の中国四国に、PAC3が展開される、と朝刊に記事が出ていた。北朝鮮が、グアム周辺に発射する(かもしれない)弾道ミサイルのルートだとご丁寧に発表した、島根、広島、高知と(北朝鮮の言うルートには入ってなかったけど)愛媛に展開するのだという。不測の事態に備えるらしい。
記事によると、小野寺防衛相は、『集団的自衛権の行使可能な存立危機事態の認定もありうるとの考えを示しており、迎撃ミサイルを搭載した海上自衛隊イージス艦の活用も検討している』という。

昨日の東京新聞の記事によると、柳澤協二元内閣官房副長官補の話として『グアム島を直接狙ったものでなければ武力攻撃ではないのだから、個別的・集団的を問わず自衛権は発生しない。」という。
小野寺防衛相は「日本の安全保障にとって、米国の抑止力、打撃力の欠如は日本の存立危機に当たる可能性がないとは言えない」という説明。
グアムの米空軍基地には、北朝鮮の核施設攻撃のための戦略爆撃機が配備されているそうで、日本の核抑止力にとって大変重要らしい。
ただ、法律上可能だということと実際にその能力があるのかは別問題で、毎日新聞の記事によると、イージス艦に搭載されている現在の迎撃ミサイルの射程では、グアムに向かう弾道ミサイルの高度には届かないという。

毎日新聞の記事の通りなら、今回はまず北朝鮮のミサイルを撃ち落とすことはなさそうだけど。
防衛相はアメリカが北朝鮮を攻撃する時、日本が米軍の戦闘を支援する可能性も否定しなかったという。

ミサイル迎撃も米軍支援も、もしも実行したなら、日本にもたらされる結果は、どれほどのものになるんだろう。
報復でミサイルが撃ち込まれる、と言ってもなかなか想像力が追いつかないけど、原発が狙われると言われれば、一気に現実的な恐怖感に襲われる。

 

「ナルト」のサスケと「訪問者」のオスカー(4)

ナルトとの最後の戦いが終わり、サスケが幼い頃のナルトを回想するシーンの中に印象的な2コマがある。

 

「それからお前を見る度にどんどん気になるようになっていった 他人と繋がろうと必死なお前を見ていると オレの家族を思い出すようになった」「そしてなぜだか安心したんだ」とほほえむ幼いサスケのコマと、「・・・だがそれは、、、同時に弱さだと思った」と笑顔が消え下を向くサスケのコマが並んでる箇所。

笑顔と、下を向く表情の2コマなんだけど、入れんの表情の変化が映像として想像できるような気がして、とても印象に残っている。

ナルトの姿に家族を重ねて微笑んだサスケ。ただの子供として守られていた頃の記憶に戻ることで、穏やかで安らかな感情が自然とこみ上げて微笑んだというような表情だった。
その微笑みが次の瞬間、消えてしまう。サスケは、家族に守られて安心感に包まれた優しい感情を、自分の弱さだという。下を向くサスケの表情は、まるで親に叱られた子供のようだ。
けれど、それは誰かに叱られたわけではなく、サスケが自分自身に枷をはめたからだ。多分。

この時のサスケは、家族を思い、ナルトに家族を重ねて見るような優しい穏やかな感情を、復讐のために強くならなければならないという枷で塗り込めようとしてるみたいで痛々しくさえある。

 

多分、こんな瞬間はサスケに幾度となく訪れたんだろう。

この2コマのサスケは、アカデミーの組手の授業でナルトを組み伏せた時とそれほど時期が離れてないと思う。だとすれば、憎しみに満ちた表情をしたあの頃のサスケに、時にはこのコマで見せたような笑顔が浮かび、すぐに消えてしまう瞬間があったということになる。

一族を失う前のサスケは、むくれた次の瞬間にパッと輝くような笑顔を見せる、無邪気で表情が豊かな子どもだった。ナルトの姿に家族を思い出して、思わず笑顔になるサスケが、元々のサスケなんだろうと思う。

 

サスケは笑顔を途中で止める子どもになっていった。

 

サスケが自分にはめた枷は、イタチによって与えられた「裁く人」という役割だったのだと思う。サスケ自身は、そんなこと全く意識してないだろうけど。