なんとなくうちはサスケについて思った事

幼い時に、実の兄の手で両親はじめ一族全員を殺害されたサスケ。「ナルト」の前半はサスケの復讐譚が物語の重要な柱の一つでもある。
サスケは人によって好悪がはっきり分かれるキャラクターだと思う。木ノ葉の里の仲間にも理解されることのなかった復讐にとらわれて、いわゆる闇落ちしていくサスケは、物語の後半には過去の仲間も現在の仲間も手にかけようとさえした。


一族抹殺の日から、サスケは兄への復讐を誓い、そのためだけに生きてきた。


サスケは、両親を失った悲しみにしっかりと浸ることができたんだろうか。突然に、一族全てを兄イタチの手により奪われて、血溜まりの中に倒れる両親の死体を目の前にして、死の恐怖に囚われて逃げ出した。
回想シーンのサスケは、イタチの後を追いかけイタチにクナイを放っている。一旦は恐怖に逃げ出したものの、悲しみを感じる間もなく、イタチへの怒りが爆発し、イタチが里を抜けた後は、イタチへの憎しみと復讐心に心を占められてしまった。

本当に突然、両親を奪われたサスケは強い憎しみと復讐心を支えに生きていったんだろうと思うけど、大切な愛する人たちを失った悲しみはどうだったろう。父フガクと火遁の術を修行した小さな桟橋に一人座って水面を見つめるときに、悲しみを感じる事もあったんだろうか。それとも、悲しみの感情は、すぐに憎しみに上書きされてしまったんだろうか。


サスケは、たった一人残されたことで、一族全部を背負ってイタチの罪を裁く役割まで負わされた。サスケ自身にその認識があったかどうかはわからないけど、復讐を遂げようとするサスケは同時に裁く人でもあったんだと思う。えらく重い荷だったと思う。


サクラが中忍試験を前に自信を失いかけていたことにすぐに気付き、さりげなくフォローしたり、サスケは本来他人の些細な感情の変化も感じ取ることのできる子供だった。神経の細やかな繊細な子供とまでいうのはちょっと違と思うけど、感情の豊かな子供だからこそ人の感情の機微も気づけたんだと思う。

 

そんなサスケが、両親の死を十分に悲しむことができなかったとしたら、と思うと、それはとても痛々しい。

 

本当に口チャックしてほしい、、、

4月6日だか7日に、アメリカがシリアの空軍飛行場に巡航ミサイルを打ち込んだという報道を見てびっくりした。その週末には、米中の会談で、北朝鮮について、中国の協力がなければアメリカは軍事行動もオプションに入れた単独行動も辞さないという構えを表明した。週が明けると、なんだか一気に戦争でも始まるのかっていうような報道の雰囲気になっててシリアへの攻撃よりびっくりしたのを覚えてる。

 

テレビや新聞などの報道で、北朝鮮に関していろんな専門家がいろんなことを言っていたけれど、そのほとんどに共通してたのは、北朝鮮は米本土まで到達する核弾頭搭載のICBM開発を決して諦めない、やり抜く決意だという見方だったと思う。

 

国連の場でのトランプ大統領の「ロケットマン&完全破壊」演説への対抗で、金正恩国務委員長自身の名で声明がだされ、北朝鮮の外相は、太平洋上での核実験の可能性まで言及した。
当初は、ハンバーガーを食べながら金正恩と対話できる、というようなことを言っていたトランプ大統領だけど、今や北朝鮮の若い指導者とはお互いを公式の場で罵り合う関係になってしまってる。
すベてのオプションがテーブルの上にあると繰り返しながら、日米と韓は圧力をかけることに注力してるみたいだ。


4月に、軍事行動もオプションに入れた単独行動も辞さないと言った時、今のような状態は想定内だったんだろうか。

 

いくらなんでも太平洋上での核実験なんてやらないだろうとは思うけど。本気で北朝鮮がそんなことを考えてるんだとしたら、怖いなんてレベルじゃない恐怖を感じる。


軍事行動を本気でやるぞ、という脅しには消費期限があると思う。
本気でやるぞを1年続けたら、相手はどう思うだろう。その言葉の有効期間はどれくらいかはわからないけど。

これまでのやり方では北朝鮮を止めることができなかったのだから、今までの大統領が決してとってこなかったような、トランプ大統領の強気の言動は、試してみる価値はあるという支持の声があるようだけど、個人を侮辱するような攻撃は問題解決をより困難にするだけだという批判の方が納得できる。

国連演説なんて普段全然興味ないけど、、

韓国の文大統領が、制裁強化を支持しながら、戦争防止を訴えるのはわかる気がする。
北への強い制裁に関して、日米に歩調を合わせてトランプ大統領を支持する。
一方、国連総会の演説では、「すべての努力は戦争を防止し、平和を維持するためのもの」と述べた。
戦争になればソウルが火の海になるのだから、戦争は絶対防がなければならないと繰り返し表明するのは、当たり前だと思う。

 

トランプ大統領が本気で軍事オプションの検討をしてるのかどうか知らないけど、ロケットマンだの、完全に破壊だの、強い言葉を使った非難を繰り返し、言葉で金正恩委員長に押し負けるつもりはないんだな、ということはわかる。
制裁は強化するけど、対話を完全に否定してるわけではないみたいだ。
何れにしても、アメリカ本土は今はまだ攻撃されないわけだし、アメリカファーストでなおかつ強気でいられるのはわかる気はする。(支持はしないけど)

 

21日に金正恩氏が国務委員長として声明を出したという。
トランプ大統領の国連演説を受けての声明みたいだ。
北朝鮮の罵倒表現自体はいつもかなり強烈だから、老いぼれ狂人だの火遊びを好むならず者、ゴロツキだのという表現にはそれほど驚きはないけど、「史上最高の超強硬対応措置の断行を慎重に考慮」だの、「トランプ大統領が何を考えたのであっても、それ以上の結果を見ることになる」というのを読むと、やっぱり怖い。
本人の名での声明は、大変稀なことらしいけど、言葉の応酬もエスカレートしてきてるのかな。


あらゆるオプションがテーブルにのってることを全面的に支持するという日本の首相。
安倍首相は、トランプ大統領並みに強気みたいだ。国連演説でも、強気でハードに圧力一辺倒の発言。
北朝鮮にとって対話は時間稼ぎか相手を騙すための手段だと断言したということは、対話のドアを完全に閉じたってことなんだろうか? 対話と水面下での相手国とのコミュニケーションとは違うというけど、そのコミュニケーションは通じてるんだろうか。
政府は、とにかく今は圧力というけど、そのあとに何を見てるんだろう。圧力を強化すれば、金正恩が核とミサイルを諦めるという確信があるんだろうか?それとも、時間稼ぎ的な圧力なんだろうか。

アメリカの戦争の専門家は、ミスだろうが誤解だろうが限定的だろうが一旦戦争の端が開いたら、簡単に破滅的な全面戦争へとエスカレートする危険があるという。日本にも大きな犠牲が出ると言われてる。もうすでに北朝鮮のミサイルの射程圏内の日本と、まだ射程圏外のアメリカでは、指導者が負ってる荷の重さが全然違うと思うんだけど。
万が一にもトランプ大統領が軍事オプションに傾いたとき、安倍首相は、それだけは絶対やめてくれと制止してくれるんだろうか?

 

ロヒンギャの難民キャンプの報道を見て

テレビの朝のニュースで、ロヒンギャの難民キャンプの映像が流れた。映像には、スーチー氏が難民の帰還受け入れを表明するも治安部隊による掃討作戦は続く、と字幕スーパーが付いていた。
国連総会を欠席したスーチー氏は、19日首都で演説、「難民を証明された人は、帰還が認められるだろう」と表明。ただ具体的なプロセスへの言及はなかったという。国籍のないロヒンギャにとって、ミャンマーから国境を越えてきたとどう証明するのか、という非難の声もある。


8月25日のロヒンギャの武装集団による警察などへの襲撃に端を発した治安部隊、一部地元仏教徒によるロヒンギャの村々への焼き討ちに襲撃。焼き討ちの村々の変化を衛星写真で比較した記事を見た。
幾つもの集落の、肩を寄せ合うように密集して建てられた家々が、8月25日以降の写真では、家々があった形の通りに平面になっていた。小さい衛星写真の画像ではよくわからないけど、多分焼けた瓦礫が家の形に積み重なっているんだろう。

写真で見るバングラデシュへ向かう難民は、道だかなんだかわからないような、足首までつかるぬかるみの中を、赤ちゃんを抱えた痩せた若い女性や、人に支えられた老女や子供たち、泥水(川なのかどうかもわからない)に浸かりながら進む人など、報道にある通り女性や子供、老人が多い。
襲撃され焼き討ちに遭い、住む場所を奪われ命からがら逃げてきた人々。報道される映像を見る限り、”掃討作戦”の対象になるような人たちにはとても見えない。


スーチーさんは、『政権について18カ月、全ての課題を克服するのには短すぎる』と言い、『幾つかの課題だけに集中するわけにはいかない』と釈明したという。

 

42万人(ロヒンギャの人口は約100万人らしい)もの人々が隣国へ逃げている。”掃討作戦”を実行している側からすれば、隣国へ追いやってるってことになるんだろうけど、最後の1人までミャンマーから存在を消し去るつもりなんだろうか。

 

 

常在戦場、、、戦場はどこだよ?

国会議員は常在戦場の心構えでいなければならないそうだ。
衆議院議員の任期は4年。なのに平均2年9ヶ月で解散総選挙っていうのが通例だという。議員になって2年を過ぎる頃には、「常在戦場」の囁きが聞こえてくるらしい。
常に戦場にいる気で戦いの心構えをしとけって、ちょっとカッコ良さげだけど、議員のセンセーにとって戦場は国会の議場じゃないの?何方の仕事なんだろうか?

OECD加盟国の中で国会を自党に都合の良いように好き勝手に解散できるシステムをとってる国は、少数派だそうだ。今朝の羽鳥さんの番組では、35カ国中4カ国のみだと言っていた。

世界標準に100年遅れてる、解散は総理の専権事項だという議員の認識もガラパゴス (この例えを聞くたびに、イグアナの姿が目に浮かび、なんとなく申し訳ない気がする)だとゲストの大学教授が言ってた。
日本が手本にしたイギリスでも、2011年の「議会任期固定法」により、首相が自由に解散できなくなったという。下院の3分の2以上の解散決議か、内閣不信任決議案が可決された場合に限り解散されるのだそうだ。


任期の半分が過ぎた頃から実質ソワソワ状態になって、議員としての仕事ができなくなるようなことが常態化してるから、議員の質が上がらない。日本も、解散権について世界標準に追いつくべきだという主張はもっともだと思う。

 

 

BORUTO ーボルトーNARUTO NEXT GENERATIONS  サラダ編の感想 

「カグヤをも脅かす存在」の出現する可能性について、他里の影たちに知らせる場面の設定が、原作とアニメでは異なる。

原作では、五影会談でサスケが自ら報告、今後の調査については極秘任務とすることが五影の間で了承される。極めてシンプルなシーンだ。うちはシンの事件は、その会談の後に起こる。

アニメでは、まずサスケとナルト2人のシーンで、サスケの調査が極秘任務であることが2人の了解事項となる。その後、うちはシンの事件があり、すべてが解決した後に、五影会談が開かれ、「カグヤをも脅かす存在」について木ノ葉で極秘に調査していたことが、他里の影たちに報告される。

原作・アニメとも、「カグヤをも脅かす存在」についてサスケが調べていたこと、五影会談で他里の影たちに報告されたこと、今後の調査も極秘任務として扱うこと、以上の3点については共通している。


アニメでは、「カグヤをも脅かす存在」についての説明は、ナルトがしていた。ナルトは、白ゼツ兵団の矛盾についてはっきりと自分が気付いたとも言ってないし、サスケが気付いたとも言っていない。誰が調査していたのかということについては、我愛羅、雷影の言葉からサスケも調査にかかわっているということは、はっきりと描写されている。
ただアニメでは、誰が気付き誰が調査し誰が仮説を導き出したかについては曖昧にされてると言っていいと思う。さらに「ダンゾウやうちはシンの残した資料」という要素も新たに付け加えていることも合わせると、個人の調査というよりはどちらかというと木ノ葉の里としての調査プロジェクトで、現場の調査を行なっているのがサスケ、という印象を受ける。

原作があるアニメといえ、何から何まですべて原作通りにやるべきだとは思わないし、「カグヤをも脅かす存在」の可能性について、また、サスケの任務(任務と言い切っているから、この段階では木ノ葉の里に属する忍になってる可能性もあるんだけど)
が極秘であるということについて示しさえすれば、あとは些細なことだから設定など変えても大して影響はないのかもしれない。
『ナルト』ではなく『ボルト』の物語でもあることだし、この五影会談は『ボルト』世界の木ノ葉の里、木ノ葉の組織を描写するシーンであったのかもしれない。


原作では、五影会談にサクラも同席している点も、アニメとは異なる。
外伝原作では、カグヤが白ゼツ兵団を準備していたことについて「そこがずっと気になりカグヤの後をオレなりに調べていた」というサスケのセリフがある。これは、本編原作699話の「少し気になってることこともあるしな」というサスケのセリフを受けているのだと思う。(実は、「少し気なってる」ことは白ゼツ兵団のことではなかったってことなら、五影会談のサスケの描写はアニメの通りでも特にこだわりはないんだけど。)

ー「そこがずっと気になりオレなりに調べていた」ー

原作の五影会談では、調査・仮説までサスケが説明している。ただ仮説に至るまでのサスケの調査が、サスケ個人によるものなのか、木ノ葉の任務として行われていたことなのかについて、原作にこれといった描写はない。
はっきり描かれているのは、調査のきっかけとなったのはサスケの抱いた疑問だということ。ある時点まではサスケが一人で調査を進めていたこと(「オレなりに」という言葉からそう解釈できると思う)。少なくても五影会談以降は、サスケの行動が任務として認識されてること。(火影室のシカマルとの会話で、ナルトが「サスケの任務は8割方が、、云々」というシーンは、サスケの行動が任務である事を表しているけど、これは五影会談の後の出来事だと思う)
五影会談以前から任務であったのか、サスケ個人の調査であったのかは描かれてない(多分)。

個人的に気になって調べているうちに、過去の問題として完了した話ではなく未来の問題につながりそうだと気付いたとしたら、その時点でサスケ個人の手から離れ、木ノ葉の任務としての調査になっていったかもしれない。そうではなくあくまでこの仮説までは、組織とは離れた立場の調査でサスケが一人でたどり着いたのかもしれない。
そもそもサスケの現在の立ち位置も、よくわからない。木ノ葉の里に属する忍として、火影の指揮下にあるのか(そうだとすれば顧問的な?位置かもしれないけど)、どこの組織にも属していないのか(まだ里抜けの状態のままなのかもしれない)。

木ノ葉の里に対して、恨みだとか憎しみだとか、そういった負の感情はもうサスケの中にはないと思う。木ノ葉の里は、自分が生まれて少年時代までを過ごした故郷であり、今は自分の家族が待つ場所でもある。そうだとすれば、サスケは木ノ葉の里の忍として、平和を維持するために世界中を旅して回っていると言えるのか。作中では特に断言されてはいないと思うけど、もしかしたらそうかもしれない。ただ、自分としてはそう言い切るには少し抵抗がある。

憎しみも恨みも、もうないだろうけど、それでも、自らに刃向かおうとする一族を、自らの手を汚すことなく、同じ一族の年若の少年一人に皆殺しさせるという非道をなした木ノ葉の里に対して、サスケは今も複雑な思いを抱いているのではないか。二代目火影によるうちはは愛情深い一族だという証言は別にしても、やはり、一族に対する誇りでいっぱいで、まだまだ親の愛情に包まれていたかっただろう幼い頃に突然その全てを奪われた心の傷は、大人になったからといってそう簡単に消えるものではないと思う。

何れにしても、そういうサスケの思いを別にしても、木ノ葉の里における、戻ってきた抜け忍の処遇についてもはっきりしてないから、実際よくわからない。
ただ、自分個人としては希望的観測も含めて、イタチの夢見た世界の平和、誰の犠牲にも基づかない平和な世界を、忍の世界のどの組織にも属することなく(協力はするけど。それは一人じゃできないことがあると知ったから)、サスケは影から支えているのではないかと思う。

ー「少し気になってることもあるしな」ー

人が外界から得る情報は、視覚から得るものが8割ほどを占めると言う。だとすれば、写輪眼という特有の眼を持ち、持たぬものには見えない事物を見ているサスケは、それを持たぬものたちとは、世界の捉え方が少し異なってるような気がする。(うちは一族の繋がりの強さ、内へ向かう求心力の強さも、もしかしたら写輪眼による世界の捉え方に関係してるかもしれない)
この言葉が意味するものが、カグヤが準備していた白ゼツ兵団の矛盾だとすれば、写輪眼を持たぬ人たちとは異なる見え方の世界を見ているが故に気づくことができたのかもしれない。
同時に、大戦が終わって、まだ人々が先のことを見通す余裕など多分なかったろうあの段階で、早くも気づくことができたのは、サスケが組織に属さない自由な立場にいたからということもあると思う。

何れにしても「少し気なってることもあるしな」という一言には、あんな戦いのすぐ後で、戦いを冷静にふりかえり敵の矛盾に気づくことができる、サスケの忍としてのセンスの高さが表されているように思う。


五影会談で、「カグヤをも脅かす存在」の可能性を影たちに説明するサスケの描写で、大戦後贖罪の旅に発つシーンから長い時間をかけて一人で調査をするサスケまでも想像することができた。

アニメでの、組織としての調査であるかのような描写は、わかりやすいし『ボルト』の物語としてのつながりは整っているんだけど、原作で感じることができたサスケが過ごしてきた時間の重さが、バッサリ切られてしまったように感じられて、とても残念だった。

 

 

久々にえらく腹が立ったこと

今日の東京新聞朝刊一面は、『衆院戦来月が軸 首相与党幹部に解散伝達』
10月22日か29日投票が軸になる、そうだ。

ここのとこ内閣支持率も回復基調だし、民進党は再スタートで蹴つまずいたし、国民ファースト(?)も体制が整ってないし。
なんで今?って多分思わない人はほとんどいないだろう今この時に、『批判承知』で、でも『今なら勝てる』から解散、だそうだ。


争点は、読売新聞によると、消費税10%引き上げ時の増収分の使い道について、借金返済から子育て支援の充実に変更すること、「自衛隊の根拠規定を明記する憲法改正」だそうだ。

なんだかなあ。争点は、「なんで今解散?」しかないように思うんだけど。任期満了までしっかり働けよ、と思う。

内閣総理大臣の解散権を制限することも争点にすればいいのに。